06

 繋いだ事を褒めて欲しい。

 今日の飲み会に。


 私が居酒屋で煙草を吸って貧乏ゆすりをしていると、冴が姿を見せた。今日は普通の格好をしている。

 こっちに気がついた様子の冴に、私は手を振って応える。


「まった?」

「いや。今日は前みたいなドレス、来てないんだね」

「あれはお洒落する時だけやから」

「へぇ……お洒落」

「そんなことより、や。裕ちゃんが抜けるって、ほんまなん?」

「めちゃくちゃごねまくって、なんとか繋いだよ……」


 電話一本で抜けられてはたまったもんじゃない。

 私は、必死で何度も声をかけて、しつこく頼んで、どうにかゆっこさんを今日の飲み会に連れてくる事が出来たのだ。

 二人で作戦を練っていると、間もなくしてゆっこさんが姿を見せた。


「ごめん、待たせたかな」心なしか顔がこわばっている。

「まだ来たばっかりですよ。それで、なんか飲みます?」

「いや、今日はいいや。すぐに帰るから」


 その言葉に、ゆっこさんの強い意思が滲み出ていた。

 でも、私は絶対に引かない。その覚悟を持って、ここまで来たのだ。


「やっぱり、この前うちがいらんことしたから、怒ってんの?」

「いや、そうじゃないよ。そうじゃなくて、やっぱり私、足手まといだと思うんだ。スケジュールも合わせられないし、二人に迷惑ばっかりかけちゃうから」

「そんなん、諦めんの早すぎやろ」

「でも、冴さんと都合を合わせるのは、今の私の状況だと厳しいし」

「そりゃ、そうかも知れへんけど」

「やっぱり、私にはバンドなんて無理なんだよ」


 無理、無理、無理。

 私は、その言葉にイラつきを感じていた。

 居酒屋の、楽しげな喧騒がますます私の苛立ちを強くする。


 合わせりゃいいじゃん、予定。何で私が合わすよって言わないんだよ。

 何で、まだ何も模索していないのに、すぐやめようとすんだよ。

 人にあわせようとしないベース。

 イジイジグズグズ、“伝説”の面影も無いギター。


 あんた達は何なんだ。

 社会人とか、フリーターとか、プーとか関係ない。

 そのゴミみたいな性根は一体何なんだ!!

 

 気がついたら、ドン、と机を叩いていた。

 二人が驚いたように、ビクリと体を跳ねさせる。


「二人共! ここに座りなさい!」


 私が叫ぶと二人は怪訝そうな、困惑したような、曖昧な表情を浮かべた。


「彩ちゃん、どうしたの」

「彩、あんたは今口出しせんでええ」

「黙って座れ」


 声のトーンから私の怒り具合を悟ったのか、二人は慌てて私の前に座った。

 もう、甘さや優しさや気遣いなど捨てる。


「冴は譲らなさ過ぎ。ゆっこさんは譲りすぎ」


「何や、藪から棒に」


「藪から棒なんかじゃない! ずっと思ってた! 私達が無理してゆっこさんをバンドに誘った。フォローするからって言ってた! でも、全然出来てないじゃん! 自分の都合ばっかじゃん、あんた!」


「あんたって……」


「彩ちゃん、良いんだよ。バンドはそうやって、自分にあった人とやれば」


「ゆっこさんは黙っててください!」


「……はい」


「冴なんてフリーターじゃん! 私なんてプーじゃん! ゆっこさんの都合に合わせたらいいんだよ! ガンガンに時間あるんだから!」


「そりゃ、そうやけど」


「冴は、何がしたいの? ただ適当なギャルバンが組めればそれでいいの? 私は違う! ギターはゆっこさんじゃなきゃダメだ! ベースは冴じゃなきゃ嫌だ! この三人なら、すごい事ができるって思ってる!」


「彩ちゃん……」


「ゆっこさんは、もっと自分の都合のいい日を主張してくださいよ。どうして私達に無理してあわせようとするんですか。やりたいんでしょ? 何で組んで数回しかスタジオ入ってないのに、すぐ諦めるんですか。もっとあがいてくださいよ。……大学時代のゆっこさんなら、絶対諦めなかった!」


「あの頃とはもう違うんだよ、彩ちゃん。それに、私はサポートだし……」


「どこの世界にギタボのサポートがいるんですか!」


 私はガツンと机を叩く。周囲の人たちが放つ好奇の視線が私達に注がれ、そう言えばこの前もこんな事あったな、なんてどうでも良い事をこのタイミングにして思い出す。

 私が出した騒音に、ギクリと、ゆっこさんと冴は体を強張らせた。


「ゆっこさん、とっくに分かってたんでしょ? もうサポートなんかじゃない。正式なメンバーなんだって。少なくとも、ゆっこさんはその気だった。そのつもりで、スタジオに入ってくれてた」


「そうなん?」


「ゆっこさんのギター、ちょっとずつ音作りを変えてたじゃん。私が知っている頃のゆっこさんの音から、徐々に徐々に、冴のベースと私のドラムに合わせて。……ゆっこさん、家でも練習してくれてたんですよね? 録音音源聞いて、調整してくれてたんですよね?」


「そりゃあ……まぁ」


「私、忘れてません。初めて三人でセッションした時、ゆっこさんの目がキラキラしてたのを。楽しいって、思ってくれてたんじゃないんですか?」


「裕ちゃん、それホンマなん?」


 心なしか、冴の目は輝いていた。

 ひょっとしたら彼女は心のどこかで不安に思っていたのかもしれない。

 このバンドがゆっこさんにとって、全然楽しくないんじゃないかって。


「ゆっこさん、抜けるなんて言わないで下さい。まだ始まってもないじゃないですか」


「彩ちゃん……」


「冴、いいよね」


「えっ? うん。何が?」


「バイト。合わせてくれるよね」


「えっ……はい」


 私がドヤ顔でゆっこさんを見ると、ゆっこさんは可笑しそうに声を出して笑った。それが何だか嬉しくて、私と冴も顔を見合わせて笑い出す。


 その時、私のスマホが震えだした。見ると先日の花屋。


「ごめん、ちょっと出ていいですか?」


「え? いいよ」


「ではでは失礼して……」


 私は電話越しに、先日のおばさんの声を耳にする。

 話を全て聞き終わって、思わず笑みがこぼれ出るのが分かった。


「今日は、ゆっこさんの奢り確定ですね」


「えっ?」


「バイト先、決まったら奢るって話」


 新しい職場が決まった私は、勝ち誇った笑みを浮かべた。

 そして、確信する。

 私達の音楽は、ここから始まるんだと。

 絶対に、すごいバンドになるんだと!


 

 私達の第一曲目は十二月の終わりごろに完成した。


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