Stage04 サンライズ!

01

 一曲目が出来上がるとバンドとしての方向性が見える。

 なんて言葉は、かつての軽音楽部の先輩がおっしゃった言葉だったか。

 一体誰の言葉だったのか、今となってはてんで思い出せないけど。


「それヨネだよ」

「えっ? ヨネ?」

「米沢」

「ああ、米沢さん」


 休憩室で私がタバコを吸いながらふと言葉を漏らしたところ、ゆっこさんはそう返してきた。


「そう言えば米沢さん、外バンよくやってましたもんね」

「というか、外バンばっかだねヨネの場合。でも、がっちり演奏は固めてきて、いつもオーディションじゃ上位だったなぁ。勝てなくて、悔しかった」

「私は、ゆっこさんの演奏の方が好きです」

「えへへ、ありがと」


 可愛い。

 切に思う。

 抱きしめたいと。


 あのクールだったゆっこさんだが、最近はこんな風に緩んだ表情を見せてくれる。私は何だかそれが嬉しかった。


「外バンかぁ……」


 外バン、というのは部活外で活動するバンドの事で、ゆっこさんの同期米沢さんは部内の上手い人とオリジナルバンドを組んで、部活外のライブやイベントによく出ていた。オリジナル曲を何曲も作り、当時の軽音楽部の重鎮メンバーの一人だったのだ。迫力満点で、でも後輩の面倒見は意外と良くて、私もお世話になった記憶がある。


「一曲仕上がるとバンドの音や方向性がある程度決まるから、一気に曲ができるんだって」

「いまのうちらと同じやな」


 飲み物を買っていた冴がいつの間にか戻って来ていた。差し出されたペットボトルを「ありがと」と受け取る。

 一曲目が完成してからと言うもの、私たちの持ち曲はとんとん拍子に増え続けていた。

 特に、ゆっこさんが元々溜め込んでいた曲がたくさんあったのが大きい。

 ゆっこさんが正式にギターボーカルとなった事で「あれもやりたい、これもやりたい」と色々提案してくれるようになったのだ。


「あんたら、そう言えば同じ大学の軽音楽部やねんな」

「そうだよ」

「やっぱ軽音部って、身内ノリでキャーキャーやってるもんなん?」

「どうだろうね」ゆっこさんは目で私に尋ねてくる。

「そうですね、私たちの部活は、意外とストイックだったかも。オンオフがきっちりしてるって言うか。それで、格差が生まれたりして」

「格差?」

「技術的な、格差かな」


 当時私のいた軽音楽部ではひたすらお酒を嗜むメンバーと、音楽や演奏力を追求するメンバーの二極化している傾向があった。

 後輩から好かれ、卒業後もあつまったりするのは断然前者。

 でも後輩の憧れをかっさらってゆくのは後者。

 どっちが良い、とかはないだろうけど、何だか極端だったな、と思う。人間関係で悩んでた人も沢山いたし、軋轢あつれきもあったといえばあった。

 中でも米沢さんは正に演奏の鬼みたいな人で、正直後輩からみて親しみのある先輩とは言いにくい人だった。

 でも、そんな音楽と一生向き合っていた米沢さんが一目置いていたのが、ゆっこさんだ。


 ゆっこさんのギターの腕は、ボーカルの感性は、音作りのセンスは、並じゃない。

 当時部内でのゆっこさんの評価はそうだった。

 たくさんのバンドを知っているはずの米沢さんが、一番そう主張していた。


「懐かしいね。部活の悪しき風習として、技術の格差は続くんだろうなって思ってたな」

「でも今の部活は、そんな感じじゃないみたいですよ」

 SNSやメールで後輩の近況を目にすることがあるが、かつて私たちが所属していた部活は、現在一丸となって部を盛り上げているようだった。


「多分、彩ちゃんのおかげじゃない?」

「わ、わ、私ですか?」

「彩ちゃんは初心者だったけど、ずっと練習してて、それでいて誰とでも仲良くしてたじゃない。中間的な存在で、部内を自由に言ったりきたり。自由奔放じゆうほんぽう天真爛漫てんしんらんまん、コーヒーとミルクをかき混ぜるスプーンみたいだなって思ったことあるよ」

「ふぇぇ」

「まあ彩は人見知りせんしな。コミュ力高いなぁとはうちも思ったわ」

「コミュ力高いなんて思ったことありませんけど」

「個人練しているところにベース持った女が入り込んできて、そのままバンド組んでまう奴なんて世の中にはそうおらんわ」

「酷すぎない? それやったの自分のくせに」

「つまりや、あんたがおもろいと思ったからうちも誘ったって事」


 言ってから気恥ずかしくなってきたのか、冴は顔を赤くして視線をさまよわせた後、きゅうっと縮んだみたいにうつむいた。冴の声が途端に尻すぼみになる。

 なんだか可愛くなって、私は思わず冴の頭を撫でてしまう。


「気ぃ強いんだか、弱いんだかはっきりしなよぉ」

「うっさい!」


 ゆっこさんは最初私たちのやり取りを微笑ましげに見つめた後、気を取り直したようにギターを弾く。いつの間にかスタジオからアンプとつないでいたのを引っこ抜いて持ってきたらしい。チャカチャカとエレキギターの生音が聞こえる。


「ヨネか、懐かしいな……。みんなどうしてるんだろ」

「みんなからしたら、ゆっこさんはどうしてるんだろ、ですけどね」


 私たちからすれば、ゆっこさんは伝説の人だ。

 その伝説が、またバンドを始めようとしている。

 みんなが知ったら、多分ひっくり返るだろうな、なんて。


 最近の私たちは、なんだかいい感じだ。順調だった。

 冴はアルバイトの休みをすんなり変えて、ゆっこさんも仕事が安定しだした。


「そう言えば、そろそろうちらバンド名決めたほうがええんとちゃう?」

「バンド名?」

 そう言えばきめてなかったな。

「今の持ち曲が四曲。裕ちゃんの歌も入ってええ感じやし、あと二曲作って、クオリティ詰めたらライブ活動の始まりや」

「次は五時間練習だっけ」


 一気に曲を作り上げてしまおう、という話だった。作成中の新曲が一つあるのだ。こう言う場合、誰かが家でちょこちょこ作るより、皆でスタジオであわせてしまう方が早い。

 特に冴とゆっこさんはコードや構成の知識があるから、その場で色々試せるのが大きく、自宅で温めていたアイデアを形にしやすいらしい。

 私はそう言うの、さっぱりだけど。

 

「次のスタジオ終わったら目標の曲数まであと一曲か……」ゆっこさんがしみじみと口にする。

「まぁ、そっからの詰め作業がまだ残っとるけどな。で、そろそろバンド名決めとかな、格好つかへんやろ。既にライブの話もいくつか来てるし」


 いつの間に。

 冴はこう言う行動はすごく早い。自分を売り込む作業がすごく上手い。


 でも、バンド名、と急に言われても正直ハードルが高いよな。

 いや、急でもないのか。いつかはつけねばならないものなんだから。

 でも、いざいわれると、やっぱりちょっと遠慮してしまう。

 センスを問われるようで、気恥ずかしい。

 

 その日はバンド名の件に関しては一端保留にして、持ち帰ることになった。後日決めるから、考えて置くように、とは冴の出した宿題。

 どうしたもんかなぁ、なんて考えながら頭をかいていると、練習が終わって、スタジオを出る時間になった。冴が先に離脱して、駅前でゆっこさんと別れる。

 

「それじゃあ彩ちゃん、また」

「はい。今度皆で新年会しましょうね」

「ちょっと遅いけどね。たまには音楽はなれて飲むのもいいね。分かった」


 そうだ、ちょっと小腹が減ったから、パンでも買おう。

 この時、そう思わなければ、多分“その人”には会わなかった。


 噂をすれば影、なんて言葉がある。


 季節は冬の終わり近付く、二月の時。


 

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