04
辺りが暗くなり始めた頃、駅前に向かう。いた、冴だ。
冴も私を見つけると、ちょいちょいと手招きした。ギョッとしたのは、いつもTシャツとスキニーデニムの冴が、ゴシックロリータみたいな格好……というよりもゴスロリそのものな服装をしていた事だ。
そこまでフリフリな訳じゃないけれど、黒と白のツートンカラーなワンピース。
誰が見ても「あ、ゴスロリだ」なんて印象をうけるわけで。
当然周りの視線も多少は注がれる程度には異質なわけで。
正直言うと、声を掛けるのが少しばかりためらわれた。
「急に呼び出して悪かったなぁ」
話しかけられて「あ、やっぱり冴だ」なんて当たり前のことを思った。
周囲の目を気にしつつも、私は冴に近づく。
「どうしたの、その格好」
「どうしたって、可愛いやろ?」
「いや、たしかに可愛いけど……」
がっつり外出する格好の冴に、私は少し不安を覚えた。
何せ私と来たら、部屋着のヒートテックにデニムスカートとパーカーとマウンテンパーカーと言う酷く簡素ないでたち、おまけに申し分程度にしか化粧をしていないからだ。
「それで用事って何? どっか出かけるの? ご飯とか?」
合コンだったら困るな、なんて思う。まぁ、そこまで持ち合わせはないから、食費は浮きそうだけれど。
でも冴から放たれた言葉は意外なものだった。
「いや、裕ちゃんの職場行く」
時間が止まったかと思った。
「行くから、職場。案内お願い」
何を言っている。
「いやいやいやいや、だめだめだめだめ」
「だめやないやろ。こうなったらうちが裕ちゃんの上司に直談判したんねん」
「ダメだって! ゆっこさん会社に居られなくなっちゃうから!」
「心配しすぎや。ちょっと言うだけやし」
「ゆっこさんバンド抜けちゃうからぁぁぁぁぁぁ!」
半ば叫ぶようにして止めたが冴は止まらなかった。
こうなったら私に出来る事は一つしかない。
私は自分が無力である事を悟り、冴から数十メートルは距離をとって歩き、他人のフリをすることに決めたのだ。
「彩、何やってんの?」
「いや、なんでもないから先行ってて」
「先行くも何も、あんたが案内してくれへんかったらいけへんやん。ほら、はよ」
どうやら私は逃げられない運命にあるらしい。
ビカビカする、まぶしい店内へと足を踏み入れる。
メーカーの販売員なのか店員なのかよく分からないが、それぞれがそれぞれのユニフォームらしき服に身を包み、活気だしのため声を上げていた。
「こうしてみると結構体力勝負な仕事やなぁ。一日あんなふうに声出してんねんやろ?」
「そ、そう、ですね」
私はなるべく周囲の視線から逃れるため、下を向いて受け答えする。
「何や彩、元気ないなぁ。いつもの元気な彩ちゃんはどこ行ったん?」
「その姿で私の名を呼ぶな!」
以前私がここに来た時、ゆっこさんは酷いクレーム対応をしていた。
あの時のゆっこさんの姿が、私の中に不意にリフレインする。
ゆっこさん、大丈夫かな。今日は平穏無事に過ごせてるのかな。
そのとき、冴がピタリと歩くのをやめてしまい、私も立ち止まった。
「どうしたの?」
言いそうになって、私は気付く。
あっ……。
「だから駐車券押せって言ってんの」
「大変申し訳ないんですけど、それは出来かねます」
「いや、押せよ」
「千円購入から駐車サービスは行ってます。わざわざ買い足していただいている方もいらっしゃるので」
「そういう御託はどうでもいいんだよ。押せって言ってんの。分かる?」
「ゆっこさん、また……」
思わず私が呟いてしまうのと、冴がずいと歩いていくのはほぼ同時だった。
いやいやいやいや! ダメだって!
ゆっこさんに迫っている男性客と、ゆっこさんが、同時に冴の方をみる。
気付いたゆっこさんの表情が見る見る変わるのがわかった。
うわぁ、すごい顔してる。
「おい兄ちゃん、さっきから聞いてたら胸糞悪い事ばっか言ってんな自分」
「あぁ?」
「たった千円の買い物もようせんくせに、文句ばっか言ってんなっつっとんねん。見てて気分悪いわホンマ」
「何お前? 喧嘩売ってんの?」
今にも目の前でつかみ合いの喧嘩が起ころうとしている。
ゆっこさんは明らかに動揺していた。
下手に知り合いなだけに他のスタッフも呼びにくい。
バレると後が怖いからだ。
知り合いじゃないなんて嘘もつきたくないだろうし、とは言えこのまま放っておいたら、冴が怪我をしてしまう。
そうこうしているうちに他の客が呼んだのか、どこからか数名の男性スタッフがやってきた。ヤバイ事になってる。これ以上はまずい。
ってか私が入ればいいだけじゃん!
私は意を決して飛び込むと、今にも飛びかからんとする冴を後ろから羽交い絞めにして、全力の愛想笑いを浮かべた。
「ごめんなさいねぇこの人前頭葉が少し壊死してるんですよぉあははぁそれじゃあ失礼します」
「彩! はなさんかい! うちはこのボケにまだ話があるんや」
「うんうんわかったよー今日の晩御飯はおじやにするからねぇ」
私が無理やり冴を引きずってその場を離れると、興が醒めたように男もどこかへ行ってしまった。さすがにこれだけの数の店員に囲まれて、注目も浴びて、駐車代をせびる気にはならなかったのだろう。
あーあ、やっちゃったよ。
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