04
「彩……ねぇ、彩」
事務所のデスクに座り、頬を机につけていると、薫に名を呼ばれ我に返った。
「あ、ごめん。何?」
「ちょっと、大丈夫? なんか最近ボーっとしてるけど」
「あ、うん。ちょっとね」
この前見たゆっこさんの姿を思い出していたので、内心ぎくりとする。
薫は呆れたようにため息を吐くと、チラリと周りの様子を見て、顔を近づけてきた。
「もう、あんまり腑抜けてると、新しいチーフに目ぇつけられるよ」
「ああ、谷見さんが本社行くからって来た人」
「そうそう。何でも若手で凄腕なんだとか。入社四年目。私達と二つしか違わないんだって」
「へぇ」
私はそこまで仕事に対しての執着がないので、割とどうでも良い話ではある。
「気をつけなさいよ。あんた目立ちやすいんだから」
「そうかな」
「そうよ。今まで目立たなかったのは谷見チーフのおかげなんだから。あんた妙なオーラ漂ってるから、自覚無いかもしれないけど目立ってるんだよ。仕事も微妙に出来るし」
「そうなんだ」不意な高評価を聞かされ、なんだか照れくさい。
「それと、新しいチーフ、女好きで今まで何人も食われてるらしいわよ。そう言う点でもあんた、気をつけなさいよ。ふだんからボーっとしてんだから」
「あはは、心配ないない」
そのときは笑っていたが、実際新しく来たチーフは私に大きく関わる事になる。
若手の実力者。顔はそこそこイケている。
数日後には、否定的だった薫ですら少し目の色を変えていた。
「意外とカッコ良いかもねぇ。新チーフ」
「そうかな」舌の根も乾かないとはこの事か。
「そうだよ。彩は面喰いすぎるのよ」
面喰いというか、そう言ったことにあまり興味が無いだけだ。
そんなある日急にチーフに呼び出しをくらった。
「豊崎さん、ちょっといい?」
「何でしょうか?」
「ちょっと次のプレゼンの書類なんだけど、この資料参考にしてつくってくれないかな」
「はぁ、分かりましたけど……何で私なんですか」
「不服?」
「不服と言うか、疑問なだけです。プレゼンの資料だったら、もっと適任者がいると思うので」
「実は、次の新商品企画、僕が中心に動くんだけど、一人助手が必要でね。君を選ぼうと思ってる」
「えっ」
「急なことで悪いんだけど、取引先との商談にも、美人で仕事の出来る人がいたほうが都合が良いんだよ」
チーフはそう言うとくしゃっと笑顔を浮かべた。
おだてたら喜ぶとでも思ったのだろうか。舐められたものだ。
「彩、気にいられたね」
席に戻るとすかさず隣の薫が近寄ってくる。
「いつ気に入られる要素があったのでしょうか」
「歓迎会の時だって。あの人ずっと彩に話かけてたでしょ」
「そうだったかな」
飲み会の時は目の前のご飯に集中していたため、具体的に誰と何を話したかは覚えていない。一人暮らしでの食事確保は切実だ。
「やり手チーフが彼氏か、ちょっとうらやましいかもね」薫は勝手に話を進めている。
「社内恋愛なんて面倒くさいだけだよ。それに興味もないし。女食いなんでしょ」
「デマって噂もあるよ」
薫の話はどこ情報か定かではないので怪しい。
ただ、チーフが女食いかどうか、真実であれ虚構であれ、私にはどうでも良い話でしかない。
仕事が増えるのはちょっと嫌だな。
「新企画の助手か……」
ゆっこさんならこう言う時どうするんだろう。
私と同じように流されるまま受け止めるんだろうか。
「ただいまー」
誰もいない部屋に向かって無意味に声をかける。その行動は何だかむなしいが、それすらしないのはもっとむなしく感じられたからだ。
「疲れたー」と言いながら、私は鞄を放り出し、スーツ姿のままベッドにダイブする。バフン、と言う音と共に柔らかいマットは私を受け入れた。
企画の助手とか、正直勘弁して欲しい。
酒を飲んでわめき散らしたいが、疲れていて起き上がる気力すらない。
ふと、倒れこんだと同時に上着からスマホが飛び出ていた事に気付く。私は何となくそれを手に取る。
ゆっこさんにメールをしようかな、と思って少しためらった。あの日の情景が思い起こされる。ゆっこさんも忙しいんだ。私の愚痴なんかでつき合わせたら、なんだか申し訳ない。
ゆっこさんが泊まりに来て以来、私達は定期的に連絡を取り合っていた。
なんとなく、お互い妙に身近な存在に感じていたのだ。
ゆっこさんとはなかなかスタジオに入れないでいた。
私が土日休み、ゆっこさんが平日休み。会うことすら難しい。
ゆっこさんに会いたかった。新しい上司の事とか、色々愚痴りたかった。
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