第3話
「こんにちは、先輩。今おかえりですか」
住宅街の十字路をまっすぐ通過しようとしていたわたしたちに、右からひょっこりと現れた女の子が話しかけてきて、わたしたちに合流した。わたしたちのことを先輩と呼んだその子は高校球児愛用の金属バットを引きずってはいたものの、一年生の証である赤いリボンの制服を着ていたので、同じ学校の後輩なのだとわかった。姫子がわたしと後輩の間に割って入ってくる。しばらくは黙って並走していた。バットが地面に擦れてからからと鳴る音だけが耳を突く。
「私、中学生のときから剣道部だったんですよ」
後輩はバットを竹刀のように持ち、一度面を打ってから構える。切っ先は架空の相手の喉元に向いている。
「けど、高校の剣道部は緩いんですよ。全国目指してる私の方が浮いてる、みたいな。そういうのわかります?」
構えを崩さず、すり足のまま歩く彼女に合わせて歩速を落とす。テニス部は少人数だけれど、みんなが真面目に取り組んでいるおかげもあって、彼女が言う「そういうの」がわからない。想像くらいなら出来るけれど。
「それ、羨ましいですね。私も入ろうかな。テニスってこういうのですよね」
バットを片手に持ち替えた彼女はテニスの素振りを見よう見まねに披露する。足首、膝、腰、肩、肘、手首が順番に流れるように動く。上半身の力だけに頼らないその素振りは、一年生部員よりも良く出来ている。四人いる一年生の中で、クルム伊達公子に憧れてテニスを始めた子以外は、漫画の影響で入部したこともあって基礎体力に欠けていた。剣道で培った体力が有利に働いているのだろう。
「入部したらいいよ。すぐレギュラーになれそう」
「マジですか。でも、ソフトボールも捨てがたいですよね」
ようやくバットが正しい形で使われることになった。鋭い目つきでバットを両手で握り、半身になって構える。彼女が歩くことをやめたので、それに付き合ってわたしたちも立ち止まった。
「仁岡」
どうやらモノマネしているらしいのだが、野球に興味がないので判定に困る。
「似てるね」
そう言うと彼女は満足げに笑い、再びバットを引きずりながら歩き出した。Y字路にさしかかると後輩は左の道を、わたしたちは右の道に別れた。
「じゃあ、私こっちなんで。今度見学行きますね」
手を振ったあとに歩き出した彼女のバットの先端には赤い色がわずかにあった。もともと赤色だったバットのペンキが剥がれた名残だろうか。
「あの子、誰」
わたしのボディガードに徹していた姫子が口を開く。
「知らない子」
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