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 ある朝、ホテルのベッドで眠りから覚めた私は、隣に網本さんがすやすやと眠っているので、驚いた。べつに驚くことはない。昨夜、彼に呼び出されて、私は来た。けれど、私は時々こうして、誰かが隣にいる朝がすごく不思議になるのだ。一人で迎える朝なんてもう長いこと過ごしていないのにもかかわらず、男の人の無防備な寝顔を前にして、いまだに少女みたいに戸惑ってしまう。しかも、ほとんど眠れない癖がついているせいで、いつも私が寝顔を見る側だ。

 カーテンが開いていて、部屋の大きな窓から、朝の光が広々と差していた。角度のために枕元は影になっているけれど、部屋のほとんどが明るい。私は、ベッドから抜けて、光の中に立って、身体を伸ばした。なにも着ていない身体が、朝の光で清々しく明るむ。起きたばかりの倦怠と、視界を薄く染める陽光の白で、頭の中が妙にさっぱりとしていく。

 ベッドにまた戻るのもなんとなく気持ちわるい。私はそんなふうに感じて、溶けるようにだるい身体を引きずって、窓枠に腰かけた。窓ガラスにもたれると、少しひんやりとした肌触りが肩や腿に心地よくにじむ。

 肌がするどくなったためか、不意に、自分の身体がおかしなもののように、思えてきた。私は自分の全身を、乾いた掌で撫でてみた。初めて見る物体を撫でるかのような新鮮さだ。胸も、腰のあたりも、幼いままで、女の魔に欠けている。それなのに、昨夜の網本さんにしたって、なにがうれしいんだろう。痩せっぽちの、潤いのない身体をさわっていると、その疑問は強まるばかりだった。

 考えの出ようがないことを考えるのが面倒で、私は気を逸らすように、窓の外へ眼を投げた。

 晴天の下に、ビルや電波塔が、くっきりと輪郭をあらわして建ち並んでいる。眼下には、電車や車も行き交っている。人の姿までは目には見えない。

 昨夜見た絢爛たる光彩が幻のようだった。晴れ渡り、すべてがあばかれてみると、都会の風景というのは白けた灰色で味気ない。無愛想な人工物が、高さも列も全然整えられることなく、さも不動の感じで存在している。はるか遠くにも都市の景観が霞んでいて、まるで退屈が果てしなく広がっているみたいだ。

 私はぼんやりして、地平線のように揺らめいている彼方の街並みを、見るともなく見た。視線をなんの心もなくただよわせる。

 その乾いた風景は、ずっと眺めていると、さわやかに空しかった。私は、しだいに、街の退屈さがとても好ましく感じられてきた。胸が透明になってくるようだった。素肌に触れる窓ガラスの冷たさも、私の身体までガラスになっていくような錯覚を肌の底に滲ませる。とても静かな冷たさだった。

 空しさのなかで、私は、街並みのどこかにリュウくんはいないか、探した。

 私の眼のさまよいは、肩になにかが触れて、醒めた。振り返ると網本さんが手を置いていた。

 シャワー浴びようよ、と言う彼に、私は答えなかった。かろうじて、首を横に振った。それきり、黙ったまま、額を窓ガラスにあずけて、縹渺とした都市を無感動に眺めた。


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