その六
「ふうん、落ち葉みたいにかさかさねえ」
「そう。驚きましたよ、ほんとに」
「大介さん、さほど驚いてなかったじゃないですか」
番所を出て「かさね屋」にやってきた大介、そして辰馬の話にかずらは興味を示した。朝飯には少し遅い時間であったせいか、店が少々暇を持て余していることもあったのだろう。
平吉一家のどたばた騒ぎから吾作の事件まで付き合ったせいで、大介はともかく辰馬の方はすっかり腹を空かせていた。そのため、今彼の前には魚の煮付けやおひたし、そして味噌汁に香の物にご飯が揃っている。
「辰さん、よく飯食えますね」
「あそこまで干からびてるとなあ、逆に生臭くねえし」
そして、彼らの横にはもう一人その話を聞きたがって同席した者がいる。くるりとした眼が人目を引く、狸の楽三だ。今朝も瓦版をたっぷり売り終わった後、その銭を持ってこの場に入り込んできたのだ。
その彼の目の前で白身の魚を箸で崩し、辰馬は口に運ぶ。出汁の味がしっかりと染みていて、なかなか美味い。盆の脇に置かれている楽三の瓦版、「またも現る、ちすいあやかし」の文字に目を走らせてから、それを売り歩く青年に視線を移した。
「で、瓦版と飯代おごりってことはあれか、楽三。話聞きたいんだろ」
「へい、そりゃあもう。あ、ええと、大介兄さんもよろしければ、へえ」
「俺が苦手だからって、露骨に目えそらすんじゃねえよ。取って食いやしねえから。あと酒代ありがとよ」
こちらは徳利をのんびりと傾けながら、大介は糸切り歯をむき出しにして呆れ顔になる。楽三はどうやら大介のことが怖い、というか苦手らしく、今も辰馬を盾にしてあまりそちらを見ようとはしない。
「いえ。お話伺うんですから、こんくらいはお礼させていただかないと。普段から買って頂いておりますし」
「ま、誰が金払うんでも、うちは構わないんだけどね」
揉み手をしながら答える楽三に、かずらが苦笑を浮かべる。確かに店側にしてみれば、料理のお代さえ入ってくれればいいのだから。ただ、ふと不思議そうに軽く首を傾げる。
「楽三。あんた、一人で売ってんだろ。瓦版自体は元手もろくにかかってない、ってのは知ってるけどさ、よくそこまで出せるねえ」
「ああ、はい」
かずらの疑問に、楽三は揉み手を続けながら頷いた。
「あたしの瓦版について、ここんとこあんまりお上もがみがみ言わなくなったんでございますよ」
「そりゃ、お前さんの瓦版は消えちまうからなあ」
「伊達に狸と呼ばれてはおりませんで、へえ」
狸の楽三。彼がそう呼ばれる所以がここにある。
彼が売り歩く瓦版はどういうわけか短いと数時、長くても数日でそのものが消え失せる。その場に木の葉が落ちていることが多く、ゆえに楽三の正体は狸ではないかというのがもっぱらの噂であった。当人も、それを否定することはない。
ものが消えてしまうということは、つまり証拠がなくなってしまうわけだ。これではお上も、楽三をむやみに引っ立てることもできないだろう。それに、楽三は瓦版に嘘を書くことはないから、嘘の話を振りまいたという咎を押し付けることもできまい。
「その代わり、村井様が何か情報があったらほしいと、そうおっしゃってくださいまして」
だから、町同心はそういう手を取ることにしたようである。嘘を書かない、情報に詳しい者ならば、その情報を手に入れればいいのだ。
村井といえば、さっき番所で会った同心のことかと辰馬は香の物を噛み締めながら思い出した。なるほど、彼を知っているのが大介だけでなく楽三も、ということになると彼の縄張りはこの付近なわけだ。
「瓦版売るよりそっちのが銭になる、ってか」
「お話にもよるんでございますが、内密にってことで字にできねえお話もありますんでね」
「なるほどなあ」
字にできない話を、町同心に流す。さてどのような話があるだろうか、と辰馬は考えてみたが、この男にはどうやらそういう話を連想するだけの黒さはなかったようである。
それを見て取ったのかは知らないが、かずらが茶を持ってきた。他に客がいないこともあり、空いた椅子に腰を下ろす。
「村井の旦那が聞きたい話なら、あたしも聞いてみたいからね。先に教えてくれるかい?」
「かずら、あんまりいい趣味じゃねえな」
「見世物に行くのも、銭かかるからねえ」
ある程度食事を片付けた辰馬に茶を淹れて差し出しながら、彼女は狐の面のように笑う。それから、ちらりと楽三に視線を流した。
「かずら姐さんでしたら、問題はございませんと思いますよ。大介兄さんもよござんしょ?」
「ああ。姐さんには、俺も聞いてほしかったからな」
「……ま、いいか」
楽三の意見に大介が頷くのを見て、辰馬は仕方がないなと息をつきつつ茶を飲み干した。
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