その五
「ともかく、例の『血吸妖』とやらは何かの管を人の身体に突っ込んでそこから血を吸う、ということですね」
さすがに、仏をひっくり返したまま家族とご対面というわけにはいかない。元に戻しながら辰馬は、分かったことを言葉にして確かめた。
「そのくらい人に近づかれても気づかれない、忍びの者か……」
「でなきゃ、人の姿をして怪しまれないように近づくかでさあね」
「その手もありますよね。なるほど」
大介の指摘に、辰馬も頷く。
人の姿を取る妖は多く、そのほとんどは人に紛れてひっそりと暮らしているという話は辰馬もよく聞いている。中には『血吸妖』のように人を餌食にする者もいるが、もともと食らうとかそういう意味ではなく人を餌食にする人だっているのだ。
その取り締まりのために、町同心たちは走り回っているのだ。
「……下手人探るんすか? 辰馬坊」
ふと、大介がそんなことを聞いてきた。吾作に筵を掛け直してやりながら、辰馬は「まさか」と首を振る。
「俺、ただの浪人ですよ。妖と戦える術なんて、持ってないです」
「そうでもねえと、俺は思うんですがねえ。そら」
青年の答えに不思議そうな顔をして首をひねり、それから大介は辰馬の腰を指差した。
「そのお腰のモノ、多分抜けば妖斬れますよ」
「これは……」
腰の物、つまりは辰馬がいつも下げている刀のことだ。この場合大介が指しているのは短い方、脇差のことではなく長い方の刀のことになる。
黒い拵えと飾り気のないその刀は、鍔と鞘がこよりでしっかりと結びつけてある。こよりには何やらの呪いであろう文字が書かれているようで、そのこともあり簡単に抜けるようにはなっていない。
もっとも、千代田のお城に征夷大将軍という存在がおわすようになって既に長い。戦は遠い昔のものとなり、武士が刀を抜くことも少なくなっている。辰馬のように仕える主を持たない浪人でも、そうだ。
「だから、封じてあるんだと思うんです。妖を斬れる刀なら、それなりの力を持つものですし」
「坊、剣術の腕いいじゃないですかい。前に無宿者叩きのめしたの、見たことありますぜ」
「でも、人も妖も斬ったことはないですから」
「この太平の世で、人にしろ妖にしろほいほい斬ったことがある方がおかしいんですよ。お役目でもなきゃ」
それでも辰馬は、折を見つけては町の剣術道場に通い竹刀を振るっている。心身の鍛錬のため、それが武士として当然のことだと彼は思っているようだ。
そういった生真面目なところを、大介は好ましく思っている。尻尾があれば存分に振ってみせてもいいのだが、あいにく今の大介にはそんなものはない。
「それに」
一度こよりに指先を這わせ、それから辰馬は立ち上がった。つられた大介の顔を見上げて、困ったような笑顔を見せる。
「少なくとも、噂に聞く『化け同心』の方々は動いているはずでしょう?」
「あの噂、本気だと思ってるんですかい?」
「人を捕まえる同心がいるんですから、妖を捕まえる同心だっているでしょうよ。『化け同心』という名前かどうかはともかくとしても」
「なるほど」
これもまた、ある種の生真面目さとも言えるかもしれない。人に対するお役目が町同心であるなら、妖に対するお役目がいてもおかしくないと思えるこの青年の、生真面目さ。
「まあ、もしかしたら囮くらいはできるかもしれませんけど」
「そりゃ勘弁してくださいよ、坊」
ただ、生真面目故にこんなことを言い出してしまう辰馬に、さすがに大介も慌てた。本人はいいのかもしれないが、よくないと反論するであろう者を知っているから。
「坊に何かあったら、かずら姐さんと親父さんが黙っちゃいませんぜ」
「かずらが? 大げさだなあ」
「大げさでもなんでもないんですがねえ……」
もっとも、大介が出した二人が辰馬を贔屓していることは本人も知っているけれど、そこまでやるものでもないだろうとは思われているわけで。
だから大介は、がっくりと肩を落とすにとどめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます