その四

「ご、吾作っ……! 何でだ!」


 結論から言えば、仏は吾作だった。

 自身番に駆け込んだ平吉と彼を案内した大介、お角たちに頼まれて二人に付き添った辰馬。彼らが見たその仏は肌が真っ白になっており、顔が恐怖にこわばっていた。

 平吉が筵の下から出てきた吾作の顔を見て、思わずその肩を揺さぶる。それを見つめる辰馬の表情は、筵をめくった若い同心と同じどこか苦々しいものだ。


「おう、お前さんの知り合いだったか。お前さん、名前は」

「へ、へえ。大工仲間です……俺は平吉、こいつは吾作です」


 辰馬より少し年上に見える、目つきの少々厳しい同心の問いに、平吉はへこんだ顔のまま答える。それから、はっとしたように尋ね返した。


「あ、こいつのかかあには」

「身元が分からなかったから、まだだ。平吉、こいつの家知ってるなら案内を頼む」

「へえ、それはもちろんです」


 家族がいるのだから、彼らに吾作の死を伝えなければならない。家族や近隣の住民の手で寺に葬ってやらなければ、吾作も浮かばれないだろう。

 それを平吉に任せず、同心はおそらく自らの口で伝えに行くようだ。吾作に筵を掛け直して平吉が立ち上がるのを待ち、それから大介たちに向き直った。


「大介、留守頼む。そちらのあんたも、よければ」

「がってんで。村井の旦那、行ってらっしゃい」

「え? あ、はい」


 大介は、自分が村井と呼んだ同心に至極当然のように答える。釣られて辰馬も、同じように頷いた。

 そのまま平吉とともに村井が出ていき、戸が閉められるのを待って大介は筵の横にかがみ込んだ。無造作に剥いで、屍を晒す。


「おいおい、大介さん。勝手に見ちゃ駄目だろう」

「なぁに言ってんだ」


 慌てて止めようとした辰馬ににっと目を細めてみせ、大介は平然と吾作、だったものに視線を向ける。


「村井の旦那が俺と坊置いてったってこたあ、しっかり仏さん見とけってこった。岡っ引きもいねえわけだし」

「そんな、無茶苦茶な」

「村井千次郎はそういうお人なんでな。辰馬坊も知っとけ」


 あの同心、村井千次郎というのか。

 あまり同心や十手持ちとは関わり合いのなかった辰馬は、名前とともに同心とはそういうものなのかと思いながら大介の横に屈む。言われてみれば、彼以外に同心や岡っ引き、小者たちがいてもおかしくないのが番屋なのだ。

 さて、近くで見てもやはり、吾作の顔は白い。質の良い紙と同じくらいであろうか。ほんの数時前、平吉と飲み交わしていた時は赤い顔だったであろうに。


「肌、触ってごらんなせえ」

「あ、ああ」


 大介に促されるまま、そっと吾作の頬に触れる。かさり、という秋の落ち葉に似た感触に辰馬は、わずかに顔をしかめた。


「えらくかさかさだな……というか、干からびてる?」

「そう。血の匂いどころか、肉の匂いもしませんや」


 辰馬の感想を待っていたのか、大介は小さく頷く。それから何かを探すように、屍の首筋に手を差し入れて探り始めた。がさ、かさというあくまでも乾いた音が、吾作の骸からは響いてくる。


「『血吸妖』とはよく言ったもんだ。文字通り、血の気がほとんどなくなっているんでさあ」

「血の気どころじゃないですよね、これ」

「涙も唾も、水気は全部……あ、あった」


 探していたものを見つけたらしく、大介は無造作に骸をごろりと転がした。寝返りを打ったようにうつ伏せになった吾作の首筋に、一か所ぽつりと赤い点のようなものがある。


「血、ですか?」

「血を吸った痕、じゃねえかと」


 葦の茎を差し込めば、このくらいの穴はできるだろうかという大きさの点。それを大介は、「血を吸った痕」だという。

 もちろん下手人が『血吸妖』であろうし、この骸には血も涙も唾も残っていないのだから、その下手人がどこからか血を抜き取った、吸ったのであろうことは辰馬にも理解できる。


「まるででっかい蚊か蛭、ですね」

「蚊なら叩けば潰れるし、蛭は煙草でも押し付けりゃいいんですがね」


 血を吸うモノの代表を口にした辰馬に対し、大介はその対処法を並べて答えた。無論、『血吸妖』がそれで避けられる類のものでない、ということは辰馬も分かっているのだけれど。

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