第5章




熱い。

なんだここは。

赤い。赤い赤い赤赤赤。

見えない。赤くて何も見えない。

怖い怖い。怖い怖い怖い怖い怖いよぉ。

誰かいないの?誰か。だれ……?

誰も?誰もいない。居ない居ない居ないいないいない誰か

熱い。熱い。

誰か

助けて…………


て?だれ?

この手は。

縋る。

助けて。だれか

すくって。

僕を。僕の。


「叫べ」


あぁ。僕は。

僕の…………。







「おい。しっかりしろ」

ぼわぼわとふたつの月のようなものが浮いている。

「少し動くぞ。座れるか?」

いや、これは月じゃない。ふたつの顔だ。男と、女。

「あ、お前、何か飲むもの持ってきてくれないか」

顔がひとつなくなり、すぐに戻ってきた。手に持っていたグラスを男の方に手渡す。そういえば、どちらも見覚えのない顔だ。

「…ほら、飲みな」

震える手でグラスを受け取る。

「………おいしい」

喉を通った水は冷たく、心地よかった。そして…

「大丈夫か」

低い、優しい声。この声は……

「ねぇ、この子…。ちょっと待ってて」

こっちは初めて聞く声だ。

なんだろう…。不思議な声だな。磨りガラスの向こうから聞こえてくるような。でも、嫌じゃない。

「…手、出して」

言われるままに手を差し出す。

「あ……?」

驚いた。ぐちゃぐちゃだったのだ。その手を濡れたタオルで優しく拭いてくれる。少ししみた。

「さぁ、少しは話せるか」

低い声が問うてくる。

「本当は聞きたいことが山ほどあるんだが、もうこんな時間だからな。とりあえず親にでも……」

なんだって

「だめ」

思わず大きな声を出してしまった。二人は、それこそ驚いた顔をしたが、それきり何も聞かなくなった。

「…あぁ、腹減ったな。飯でも食うか」

急に伸びをしながら立ち上がり、お前も食ってけよと、これまた低い声でいいながら台所へと歩いていく。

「そうだよ。食べて行きな。あの人、すっごい料理上手いんだよ」

そこまで迷惑をかけてはいけないと、急いで首を振った。

「いいから。お腹減ってるでしょ。そんな遠慮すんなって。それに、食べてくれない方が、あの人君の事帰してくんないかもよ」

え。

「おい。変なこと教えんじゃねぇ。お前のだけ卵抜きにするからな」

「あ。ごめん。ごめんなさいお兄様。卵抜きなんて私…耐えられないわ」

声に似合わない、明らかにからかいの色を滲ませながら彼女は笑った。目が点になっている僕をそっちのけで交わされる会話。きっと、いつもこんな感じなのだろうか。

しばらくして、オムライスが3つ、机の上に運ばれてきた。全部卵に包まれ、その上にテレビで見たことのあるキャラクターがケチャップで描かれている。思わず笑ってしまったのはまだ秘密だ。

「いただきます」

二人の声が重なって聞こえてきた。僕は少し間を置いて、小さい声でいただきますを言い、スプーンに手を伸ばした。

一口、少なめに口の中へ押し込んだ。

二口、さっきより多めに口へ入れる。

スプーンを動かすスピードがだんだん早くなる。美味しかった。温かい、食べ物の熱とは違う、ほかの温もりがじわりとお腹の中に溜まっていった。

気づけば僕は、泣きながらオムライスを食べていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る