第2章



―――遅刻かな。

だが、努めてそれを回避しようとせず、ゆっくりとやや大股でバイト先へ向かう。自ら人目を避け、裏通りを使ったいつものルート。入り組んだ道の薄汚い袋小路では、今時珍しい娼婦が、金儲けに勤しんでいた。ヘッドフォンを外そうかと思ったが、あまりにもわざとらしい行動はかえって味気ないと思い、止めた。

歩幅は変えず、ちらりと盗み見る程度に商売を拝見し、何事も無かったかのように足を動かした。

途中、ここらではめったに見ない様な人を目にする。

―――少年。

小学四年生か、五年生ぐらいの男の子が公園の隅にあるベンチにさ座っていた。

もう日は沈み、街灯がまばらながら辺りを照らしている。帰らないと、親が心配するだろうに、ましてはこんなに人気のない所で。

興味を持った。


キュッ、と、音がしそうなほど綺麗に道を曲がり、公園へ近づく。少年に迫るにつれて、なにか違和感を感じた。

真正面から近づいていく。少年も、顔はやや伏せ気味なものの、こちらの方を見ている。

―――いや、見てないのか?

目は開いているが、どこも見ていないようなのだ。しかも、派手に暴れたのか、服や体がなかなか汚い。

………。

手を伸ばせば届く距離まで来た。だが、未だどこも捉えていない目は、空を見つめていた。

「やぁ」

声をかける。だが、反応は無い。

「…少年」

まだ。

「おい!」

ここで、ゆっくりと目に光が戻ってくる。顔を上げ、声のする方へ焦点を定める。

ゆっくり、ゆっくり、目が合った。

「……あっ」

少年は、ほとんど掠れ聞こえずらい声で言葉を発した。

それ以上の反応は無い。

………。

少年の頭に手を伸ばそうとしてみる。すると、瞳が2ミリほど動きこちらを捉え、瞳孔が瞬時に開かれた。

僅か0.1秒未満。

だが、あまりの迫力に思わず手を止める。そして、殺気。2人は目を合わせたまま、異様な雰囲気を辺りに散らしていた。

もっとも、ここには彼ら以外に誰もいなかったが。

数分睨み合っまたあと、急に張りつめていた何かがぷつりと切れ、少年の身体が傾いた。慌てて手を伸ばし、体が地面に叩きつけられるのを防ぐ。かなり火照っていた。熱があるようだ。

―――参ったな

ふぅ、とひとつ息をつき、少年を背中におぶると、そばに投げ出されていたランドセルを片手に下げ、その手で少年のおしりを支えた。空いている手でケータイを取り出し、電話をかける。

相手はきっかり3コールめで受話器をとった。

「―――もしもしマスター。俺ですけど……、はい。バイトの事なんですが……。」

一瞬背中の少年を見た。

「今日ちょっと熱が出たので休みます」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る