第8話 美しかった男

「なんですか貴女……離してください。私は妹の元へ行きたいんです……」


羽交い締めにされた美しい、いや"美しかった男"は少女の腕を無理やり、

しかし子供のような非力で振り払い、うつろな目で彼女を見た。


「なんだ。まだ子供ではありませんか……」


「サクラは子供ではありません。貴方のような年増でもありませんけど」


「年増ですが……フッ、なかなかいいますね……」


「サクラは18なので。ナウなヤング(死語)です」


一見して子供のように見える少女であったが、よくみると顔立ちは

そこまで幼くもなかった。小柄な体型と、いわゆるツインテールという

2つ結びの髪型、明るく茶色い髪色のせいでそう見えたのかもしれない。

ふわふわした黒いニットに、短い丈の白いスカートがよく似合う。


とても気が強そうな顔で、無気力状態にある男の首根っこを左手で

掴みつつ言い放つ。


「マッスル☆君さん、我々には貴方の力が必要なんです。

そう、美しすぎる貴方のカリスマ性と絶対的な強さが」


無感情ながらも怒気を放つ表情で、少女は彼を見つめた。

しかし、美しかった男の顔つきは変わる気配がない。


「手を放しなさい。貴女に私の絶望がわかりますか……。

私は弱い。弱かったから妹は死んだ」


「わかりません。そして貴方は弱くありません」


「放っておいてください……」


すっかり無気力が板についてしまった男に耐え切れず、

少女は首をつかんでいないほうの腕で彼を突き飛ばした。


大きく、力なく尻もちをつく美しかった男。


「サクラは!!」


無表情だった顔に怒りをあらわにし、少女は男を怒鳴りつける。

そして、ハッとした顔を一瞬だけし、無理やり元の無表情へと

戻しながら話しだす。


「サクラは……サクラが以前見た貴方は、完璧に美しく、

強く、そして根拠のない自信に満ちていて……とても素敵な人物でした」


「貴女、やはりウツノミヤ役所の人間……あの、虐殺にあった中の生き残り……?」


唖然とする美しかった男の問いに、少女はこくんと頷いた。


「そうです。仲間はみんな熱線魔導で死んでしまいました。でも、

貴方が魔導師を引きつけてくれたおかげで逃げることができたんです」


「……」


黙りこむ男に背を向け、小さな背中が少し遠ざかる。

縛った2つの髪が風にゆれる。


「ウツノミヤ役所関係の人間、生き残りで、自由に動けるのは

サクラ一人しかいません。貴方が手を貸してくれないなら、無謀だと

しても一人で戦うつもりです」


立ち去ろうとする少女の肩を、大きな手がつかむ。

美しかった男の手であった。

そして、低音イケメンボイスで力強く問う。


「貴女が向かおうとする場所は? サクラさん……と言いましたね」


「魔境"フクダーヤ"です。サクラのことはサクラと呼び捨てにしていいです。

その代わり、貴方のこともMSK(マッスル☆君の略)と呼ばせて頂きたい」


美しかった、いや、美しい男は元の自信に満ち溢れた表情を取り戻し、

不敵な笑みで言った。


「魔境ですか……ではサクラ、MSKと呼んでいいですよ。

私も戦います、戦うことにしました。貴女を死なせたくないからです。

先ほどお会いしたばかりではありますが、何故かそう強く感じるのです」


そう男が話すと、少女は一瞬だがフッと笑い、無表情ながらも

少しにやけたような顔になってしまっていた。


「MSK、助かります。そこに鎮座するは"魔導師チクラッポ"、

イバラギークを禍々しい儀式により生み出し、このネオ・ウツノミヤを

混沌に陥れる邪悪です」


二人は共闘の約束を交わし、魔境と呼ばれる建物へと向かった。



……。



ヒウヨリシ・ルジム……。

クーワル・バーログ……。

チクキオケータ……。


血の色をした大きな、横幅の広い三階建てのような建物の前に、

黒装束の男が大人数で整列していた。

彼らは腕を顔の前で組みながら、先ほどの怪しげな呪文を延々と

唱え続けている。


美しい男と少女は、その異様な光景に足を止めていた。


[た て も の]

敵敵敵敵敵敵敵

敵敵敵敵敵敵敵

敵敵敵敵敵敵敵


木木木木(入口)木

  サM


↑こんな感じ 


近くにあった低身長の木に身を潜めながら、少女が美しい男に耳打ちする。


「この中にチクラッポが居ます。しかし、いくらサクラとMSKでもこの

人数の魔導師を相手にするのは分が悪すぎます」


冷や汗をかく少女の頭をポンと触り、筋肉質な上半身をまっすぐにし

男が立ち上がる。


「問題ありません、まあ見ていなさい」


仁王立ちする美しい男に気づいた魔導師たちが、一斉に攻撃用であろう

呪文を唱え始めた。

しかしその声を遮るように



ライトニング・レボリューションッッ!!



美しい男の怒号と共に、彼の体から眩い光が広がった。

その光はなんとも優しく、それでいて残酷で、闇をかき消す光に

貫かれた魔導師たちは一斉に地面へと倒れ伏した。


少女は頭をかかえながら伏せていたが、恐る恐る辺りを確認した。


「み、みんな死んでる……妙ですね、これは"魔導ではない"」


少し涙目になりながらつぶやく少女に、美しい男が近づいた。


「これは私の絶技。突き詰めた美しさは時に凶器にもなり得ます。

彼らは私が放つ美しさによりショック死したのです。

原理は魔導よりだいぶシンプルです」


「(滅茶苦茶すぎでしょ……)」


「さあ、魔導師チクラッポの元へゆきましょうか」


改めて、美しい男が持つ異常性、カリスマ性、

常識が全く通用しない美しさを少女は体感していた。

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