第2話 栃木で最も美しい男、妹が出来る

美しい男の視界がぼやけてゆく。


この感覚は今まで体験したことがない、そうだ、例えるなら

人知を超えた力で見知らぬ時空へと飛ばされたような。


五体というより魂が四散したかのような気持ちが悪い感覚に

襲われ、そしてその"散した自分"がゆっくりと結合していくのだ。


「(私は……)」


……。


「(……え、ねえ!)」


水を隔てた向こう側の如き遠くのほうから、見知らぬ女性の声が聞こえる。


なんとなく幼いような、そうでもないような声であった。


心地よい。悪くは感じなかった。


「ねえ! しっかりして!」


横たわる美しすぎる、圧倒的過ぎるパーフェクトボディを上下にゆする

小さな影。

かすかに良いにおいが漂ってくる。


「んっ……この私の超絶肉体を何度も触れるとは。

貴女も幸運な方ですね」


「しかし、ここは一体……私は確かに、幼女のパンツに足を滑らせ

頭から落下し死すべき身であったはずだが……?」


美しい男は、片方の肘を付きながらゆっくりと、その隆々とした

筋肉質ボディを少女のほうへと接近させた。


少女はあまりに美しい肉体をこちらがわへと向けられたので、

ビックリして顔を赤らめつつ表情をキツくした。


そして、一呼吸して美しい男に話しかける。


「よかった。目が覚めたんだね。ビックリしたよー。

餃子買いに街に来たら道端で美青年が倒れてるんだもん!」


安堵の表情を浮かべる少女。

小柄な体格に、黒く美しい髪。眉毛にかかるくらいで

切りそろえられた前髪。美形ではないが愛らしい顔立ち。

太り過ぎてはいないが、痩せてもいない体型。

屈託の無い笑顔は愛らしく、世の男性たちはそれを見て癒やされるだろう。


「驚かせてしまって申し訳ありません。

美しすぎる私がこんなところで倒れていては迷惑だということは

当然です……」


「いやいや、無事だったらそれでいいんだ。気をつけなよー。

このへんはよくイバラギークが出るからね!

あなたみたいな美しいイケメンは奴らの大好物だよ」


美しい男の肩をぽーんと叩き、脅かすように少女は言った。

反動でショート丈のスカートがふわっと揺れる。


聞きなれない謎ワード"イバラギーク"に、男は困惑した。


「イバラギーク?」


不安げな男の表情をみて、少女は目を一度瞑りながら一呼吸置いて、

真剣な表情にて男に話はじめた。


「イバラギークってのはね、このへん、ネオ・ウツノミヤ近辺に出没する

魔物のこと。いつもは動物を食べて暮らしてるんだけど、一番の好物は

人間。特に美しい男女が襲われやすいらしい」


「もしやここは異世界では……そんな魔物が……」


「異世界ってなに? ……うん。だからハンターが駆」


ガサッ


そんな物音がしたと同時に、黒い影が闇より出現した。


「グアァァァァァ」


体長2メートルほどはある4足歩行の毛だらけの生物。

眼光は鋭く、どこか藁の腐ったような匂いがする不潔なる獣。

筋肉質な体で、なおかつ先ほどの出現スピードからすると

人間をゆうに超える速さを持っているのだろう。


獣をみた少女は、顔を青くして、拳を握りしめながら叫んだ。


「イバラギーク……!!」


身構える少女めがけて、一瞬で獣は距離を詰める。

空中で回転しながら、少女の左肩方面へと丸太のような腕を

振り下ろして攻撃した!


「おやおや、女性に対して乱暴はいけませんね」


目にもとまらぬ速さで移動していた美しい男は、獣の腕が

スピードに乗るまえに肘から止めていたのだった。

そして、余ったほうの右腕で獣の首めがけて肘打ちを放つ。


「グェッ」


獣が声にならない声をあげて空中に吹き飛ばされる。

それを置いかけるようにして、浮いた体の急所めがけて

右足の回し蹴りを叩きつけた。


「ギャアアアアアアア」


哀れ、獣はしばらく地面をのたうち回ったあと、内蔵破裂と失血により

絶命したのだった。


一部始終をみていた少女は、あっけにとられていたが、

やっと言葉をみつけ話しかけた。


「あなた、一体何者……? あのイバラギークを一瞬で」


「私は美しすぎる。ただそれだけです(答えになってない)」


呆然と立ち尽くす少女を尻目に、美しい男は背を向けその場を

去ろうとする。

そして、右手人差し指を天にかざしながら一言だけ付け加えた。


「あと、私を呼ぶときはマッスル☆君とでも呼んでください。

美しいお嬢さん。それでは、また……」


クールに去ろうとする男の背中めがけて、少女は走りだす。

大きく、それでいて優しげな美しい背中に追いつかんとするや

いなや、少女は大声で叫んだ。


「あの!!!」


「あたしを呼ぶときは"いちご"とでも呼んで!

それと、ひとつお願いがあるの!!」


美しい男はその、予想外な言葉に反応し少女のほうを向いた。

上半身だけだったが、確かにその方向を見つめていたのだ。


「あたしをマッスル☆お兄ちゃんの妹にしてください!」


……え?

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