5#形見

 まだ暗がりの早朝、イノシシのブッピは人間に気づかれないように人里に向かって行った。


 あの大イノシシもとい“ブーさん”が人里でいっぱいのゴム風船の中で死んだ・・・ということを確かめる為に。


 畑に抜けた通りの側面にあった“ブーさん”が中で抜けなくなり、破壊して出たという廃車体を見た。メチャメチャに壊れ、物々しさを感じた。


 イノシシのブッピは、しきりに自慢の“豚鼻”をクンクンと嗅ぎながら、“ブーさん”の行った気配を感じとった。


 人気ない交差点。誰も気づかれない。




 ここだ・・・確かこの建物だ。


 イノシシのブッピはカラスの大群と格闘しながら、建物のゴミを漁った。




 「あった!」




 このゴミ袋には無数の割れたゴム風船が入っていた。


 丁度ここの催事場で風船配布をやっていたのだ。


 大イノシシ出没事件の後、風船配布のイベントは中止になっていた。


 イノシシはゴミ袋の中にまだ膨らませていないゴム風船がまだいっぱいあることに気づいた。


 「このままいたら、僕も“ブーさん”の二の舞になる!」


 イノシシのブッピは、ゴム風船の入ったゴミ袋を担いで大急ぎで森へ帰った。相当重かったが、何とか人間に気づかれずに済んだ。




 イノシシのブッピは、ゴミ袋を開けた。食べ残しも入っておりよだれも出たが、後回しにして、割れたゴム風船を鼻を突っ込んで探った。

 

 ゴムの匂いに混じって“ブーさん”の体臭の匂いがした。 


 明らかなイノシシの固い毛も入っていた。


 ゴミ袋から、割れたゴム風船を引っ張り出しては、イノシシの目から涙がこぼれ落ちた。




 ・・・“ブーさん”は死んだんだ・・・“ブーさん”は死ぬ時に倒れる拍子に重みでパン!パン!と割れたに違いない・・・この図体で・・・僕は・・・あなたに何をしてあげただろうか・・・


 イノシシのブッピは、まだ膨らませていないゴム風船をゴミ袋から取り出し、涙に濡れた目を“ブーさん”のいる天国に向けて、息を思い切り“豚鼻”に深く吸い込み、




 ぷう~っ!ぷう~っ!




 と口でゴム風船を“弔い”の膨らませしをした。




 ・・・これが、“ブーさん”の欲しがった風船・・・それを今僕が膨らませている・・・“ブーさん”のために・・・




 「あれ?これは・・・ゴム風船じゃん!!どうしたのこれ!」 


 寄ってきたのがホンドタヌキのポクだった。


「風船だ!風船だ!」


 次に現れたのがホンドキツネのコルだった。


 アナグマのプチャも一緒だ。


 イノシシのブッピは膨らました風船を抱えて言った。


 「おまえら、この風船は誰のものだと思うか?おまえらが仲間を見殺しにしたと、森から追放した“山の主”の風船だ。“山の主”は人里でゴム風船のいっぱいある所で死んだんだ!だからこの風船は“山の主”の『命』なんだ。分かるか?」




 そうだ・・・




 あの時・・・




 僕らは・・・




 “山の主”への・・・




 怒りの余りに・・・




 憎さの余りに・・・




 “山の主”に・・・




 噛みついて・・・




 怒りの余りに・・・




 憎さの余りに・・・




 痛めつけて・・・




 これでは・・・




 あのハンター共と・・・




 まるっきり・・・



 

 同じじゃないか・・・




 あの時・・・




 森の動物達が・・・




 “山の主”が憎いという・・・




 空気で・・・




 僕らまで・・・




 “山の主”が憎いという・・・




 空気に・・・




 ごめんよ・・・




 “山の主”よ・・・




 ごめんよ・・・




 僕らが死なせて・・・




 「うっ・・・うううう・・・」


 キツネのコルも、タヌキのポクも、アナグマのプチャも、自責の念に大粒の涙をこぼした。

 



 “山の主”を死なせたのは僕らだ・・・




 悪いのは“山の主”でなく、僕らを殺してきたハンター共だ・・・




 森の動物達はゴミ袋の風船に反応して、いっぱいやってきた。




 “山の主”が死んだことを知ると、みんなは、


 「なんてことをしたんだ・・・!」


 とすすり泣いた。


 “山の主”にドングリを投げつけたリス達も、




 “山の主”を蹴り飛ばしたシカも



 しかし、何も反応しなかった者がいた。

 泣くどころか、怒りをあらわにした者がいた。


 あの“山の主”が追放される時、攻撃を止めようとしてエルボを食らわせた、ツキノワグマのブーウだった。

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