第9話 複雑な関係
私が玲子を私的観光案内している時、市内のホテルで薫は困惑していた。大阪から訪ねて来た私も知っている男から告白されたのだ。全く意識をしていない男から告白された時に返す適切な言葉を見出せなかった。自分の何処が好きなのか分からないのだ。
薫は南沙織似の美人だ。町を歩けば目を引く女性で、男が付いてくることもある。それほど魅力的な女性だ。薫が大島に帰ってから数人の男が関西から尋ねて来たが、全て空振りに終わった。唯一私一人が、そこそこ相手をしてもらえた。
薫は私に興味を示さなかった。それも当然で、彼女と私には大きな接点はなかった。僅かに大学の演劇祭に出演した彼女を見て興味を持った多くの一人に過ぎない。それ程に彼女は輝いていた。私が演出した作品が不評だったことも有って、余計に彼女が記憶に残った。彼女の魅力に意味無く興味を持って、友人を頼って電話して唯一1回逢っただけの男だ。その時の彼女は超ミニスカートで、対面の椅子に座った時には、ホットスポットが見えて目のやり場に困ったが、記憶に強くインプットされた。
私は、用安海岸リゾートで勝手にバカンスを楽しんだ。この当たりの行動が彼女に不愉快な思いをさせた様で、彼女の気分を著しく損ねた。
と言うのは、無視されたと思った次の日、彼女は仕事の段取りをして水着を持って尋ねて来たが、私は居なかった。この店のオーナー一族と彼女は親戚関係にあり、私のこのリゾートでの行状を余すことなく知ってしまった。
ほんの少しの行き違いが、それまでも親密でなかった二人の関係を決定的に破綻させた。と言うより元々、薫が心を私に開いた事はなかった。
結局、薫と私には恋愛感情は醸成され無かった。島に来て知ったことだが、薫は地元有力企業の娘で、大阪で見る時には奄美出身と言う特異性のみで見ていたが、それだけの人間では無かった。大阪では自由に行動していたが、此処では彼女の行動は制約されていた。これは彼女の良さを制限している様に思えた。
珍しく母からの電話で、
「真、親しくしている近所の人から、誰かがお前のことを聞き込みに来たと知らされた」
「どんなこと聞いたの」
「大学とか家族関係。日焼けした濃い顔の人が来た。それに方言がきつかった。いったい奄美で何してるの」
母は私が奄美でどの様な生活をしているのか、心配していたので笑って否定した。心の底では、父とは異なりつながっていたので、申し訳ない気持ちで一杯だった。
「近いうちに帰るから心配しないで」
明るい声を返すしかなかった。
私が身辺を調査されることは、これが始めてでは無く、以前に付き合った人からも養子候補として調査されたことがあった。私は軟弱でどうにでもなる男の様に見られているのかも知れない。
誰が調べたんだろうか、玲子位しか思いつかなかった。それとも薫さん、・・・・・だろうか。思案にくれていた。
そんなことを考えている時、店に山越社長が訪れ、私を店の外に誘い出した。
「山田さん。岩崎薫さんと親しいんだって」
「違います。薫さんから親しくないて面と向かって言われているんですから正真正銘、確かと言えるでしょう。それに早く帰れとも」
「あほか、お前そこまで言われて分からんのか、女心を分かったれや、何とも思ってない男でも、尋ねてくれた男に興味を持つのが優しい女の素直な心だぞ。分かるだろう」
「情としてはわかります。でも僕たち親密な関係じゃないです。意識もしていないから、影響力も発揮出来ないですよ」
自分の本心だった。
暫くして、親分いや山越さんが、
「お前が本当にそう思うんだったら、薫さんにそこの事をストレートに言ってやれ、親の気持ちも考えろ。それが本当の男だぞ」
私にはこれに直ぐに答える事は出来なかった。親の気持ちという言葉に違和感を持ったが、暫くして、
「山越さん分かりました。少し時間を下さい」
と言うのがやっとだった。
複雑な気持ちで店に入ると玲子が、
「山田さん、私、島を離れることは少し延期」
突然言い出し、店を出て行った。あとで、信二から聞いた話では、玲子に薫さんから電話が有り、その後、離島を延期する事を告げたとのことだ。話しがつながらなかった。
部屋に戻っても、山越さんの要約すれば『親の気持ちが分かったら、責任ある行動を取れ。それが男の生きる道だぞ』と言った言葉が脳裏に残った。
薫とこの島で真剣に話したことはないが、私の得た情報によると、なんでも叔父夫妻と犬猿の関係に有り、この叔父のことを毛嫌いしていて、叔父夫妻に会社を取られるのを嫌悪していた。特に叔父が嫌いな理由は無いが、幼い時からなんとなく波長が合わなかったとのことだ。この叔父さんも気の毒だし、薫もこの記憶が無ければもっと自由な人生を歩む事が出来たと思われる。
そこまで整理出来た時、偶然にも店に薫から電話が有って、今日逢いたいとの事だ。
突然の電話で驚いていると玲子が寄って来て、
「なにか嬉そうですね」
意味ありげに言うので、
「薫さんからの呼び出し」
短く言ってその場を離れた。
当日は店が混んでおり、6時を過ぎても帰れるような状況には無かった。
玲子が、
「もういいわよ後は私が、どうにかするから」
と言って来たが其れを遮った。
それも7時が限度で玲子に、
「すまん頼む」
足早にそのままの格好で、待ち合わせの名瀬港ホテルに向かった。
そこには、薫が紺のビジネスガール風の機能的な服を着て待っていた。少し大人っぽく見えて二人の距離を更に感じた。
「すみません店が忙しくて」
「山田さん楽しそうね。良い顔してる」
「話ってなんですか」
少しむくれて、
「あの実は、父が貴方のことを調べた。まず其のことを謝っておきたかったの。私がグズグズしている様に思われて、それが貴方のせいの様に勘違いしてしまったみたいで。本当にすみません。実は、私には遠縁に当たる有能な婚約者に近い人がいるんですが、どうも決心がつかないんです。それで貴方に迷惑をかけてしまったみたいです」
「僕はいいんですよ。身辺調査は慣れていますから。養子口の話も多いもんで、これまでにも調べられた事があって、近所のお米屋さんから僕が、結婚するのと言われて、旨く言っておいたからね」
と言われた経験が有ると話した。
薫さんによれば、身元調査の結果、私が一人息子だったことを理由に、お父さんは私を養子に取って結婚させることを諦め、薫さんにもこの事を告げたとの事だ。
「僕達、何も関係ないのに」
「最近そうでもないんです。山田君のことちょっと可愛いなあと思っていたんです。純粋で・・・」
「おれも人間出来てきたのかなーあ」
「直ぐ本気になる」
「そこがまた可愛いね」
少し表情を崩し笑ってから本気になって、
「古いけど、1人息子やよって養子は断念、これで進退窮まった。山田君、私を連れて逃げてくれる。でも玲子さんがいるモンね」
「玲子は奄美フレンド」
自分の発した言葉に心は曇っていた。
玲子に比べれば、今は彼女の方が私の事を思ってくれていて、気になる存在だとも考えたが、直ぐに否定した。
「でも彼には何も不満はないんですが、結婚は停滞している」
薫さんのこの言葉に、
「責任感じるな俺。俺の責任か」
一言絞り出して、思い切って踏み込んだ発言をしたが、それには答えなくて、約束があるのでと言って、
「今の話し山田さん余り気にしないで、奄美を楽しんで。玲子さんと宜しく」
陽気に笑顔を作ってから、後ろ向きになり手を振って出て行った。私は気持ちが定まらなかった。
薫はこの時、真の受け答えと様子を見てちょっとした決断をした。そして玲子に再び電話した。
翌日も、元親分いや観光会社の山越社長がやって来た。
「此処に来い」
不安げに席に着くと、
「お前、岩崎建設の社長令嬢とまだ付き合っているだろう」
と切り出した。
「付き合っていません。知ってはいますが、それは社長も知っているでしょう。男のケジメきっちり付けたと思いますよ。それは彼女が一番知っていると思うんですが」
「蛇の道は蛇て言うだろうが、岩崎社長とおれは旧知の仲なんだよ」
「薫さんと僕は関係ないからと何回も言っているでしょう」
「おのれ、なに言うてんじゃ」
昔の商売の口調になり、すぐに
「すまん。お前の大きな広い心に免じて言わしてもらうが、女に気、持たしたらあかんでと言うことや」
何回も繰り返されると余計に自分が悪いことをしているのかと落ち込む。
「俺の言うことがわかったら、早よう彼女に引導渡したれ」
「でも僕が振られたんですよ」
「言い訳すんな。男は・・・」
山越は大きな声をだして周りの人を脅かさせて出て行った。
心配した玲子が寄って来て、
「何、言われたの」
「なんでもない。俺の個人的な問題や」
玲子にも詳しくは話さなかった。玲子は不機嫌な顔だったが、ありがたいことにそれ以上追求しなかった。
山越社長にあそこまで言われたことも有って昼休み、薫さんに早く婚約者と結婚するように言おうと会社を訪問した。薫さんは外出していた。そこへ黒塗りの高級車が止まって、親分いや山越社長と岩崎社長が一緒に降りてきた。
「山田君。どうしたんや」
山越社長が白々と言い。隣の紳士に耳打ちした。
「山田君ですね。ちょっと、話を聞いてくれますか」
私を先に降りてきた車に導いた。
岩崎社長も後に続き、山越さんはそこに残った。車の中で薫さんの親父さんは、
「すみませんね迷惑をお掛けして」
「いや、僕の軽率な行動が誤解を与えた様で・・・」
「薫は心底、君の事が気になっていたみたいですよ。今思うと、貴方が来る前からそわそわしていたから。一目で分かりましたから」
更に恐縮した。
「山田さん。薫を私に返して下さい」
「私は捨てられたんですよ」
「必ずしもそうでは無いと思うよ。ここであなたは決心してくだいよ。私も、ここではそれなりの地位と力も有る人間です。貴方も両親に期待されている人間で、見識豊かな立派な人間である事も理解しています。だから薫に適切に引導を渡して欲しいんです。例えば、これまでありがとう。もう良い思い出にしようとでも言ってください」
私はここまでお父さんに言われ、更に続けて、
「それが言えないなら薫を連れてこの島から出て行って欲しいんです。早急にどちらを選んで下さいますか。答えを出して下さいますか」
父親にここまで言われると喜劇を通り越して悲劇だった。
「薫さん何処にいますか。はっきり言いますから」
「それは余りにも残酷だろう。多少時間を掛けて自然に別れてくれる方がいいんだよ。もう十分待ったので、薫が納得するまで時間をかけて」
娘が可愛いのか、さっきとはニュアンスが違った言い回しをした。老練な駆け引きかもしれないと脳裏を掠めたが、親から此処まで言われて、
「分かりました。此処で降ろしてください」
春日町の鯉の養殖場前で降りて少し距離があったが、歩いて店に帰った。頭を冷やす時間が欲しかった。幸い玲子は1階に行っていて直接顔を合わせることが無くてホットした。
夕方、不意に薫さんが青年を伴って店に来た。玲子が注文を聞きに行き、私を呼ぶようにと伝えた。
「この人が婚約者の佐々木さんです」
「佐々木です。薫さんからいつもお話を聞いています」
「山田です。色々ご迷惑をおかけしています」
玲子がタイミングよくコーヒーを持って来た。薫さんと玲子は既に顔見知りだったが、二人に玲子を紹介した。
「実は私達、結婚することにしたんです。それで、誠に不躾ですが、山田さんと玲子さんに披露宴の司会をして頂きたいんです」
二人に薫が言い、婚約者も、
「私達のために是非ともお願いします」
落ち着いて丁寧に言い、玲子は気軽に、
「分かりました」
相談すること無く余りにも簡単に承諾するので話がややこしくなった。展開の速さに驚いてしまった。何か仕組まれた様な気配が有った。昼の話しは何だったんだ・・・・と。
「だって、私達は夏が過ぎればいなくなりますし」
「1週間ちょっと後の9月8日に結婚式を挙げることにしました」
婚約者が嬉しそうに言うので、
「そんなに早くては準備も整わないし、出席者への連絡も出来ないんじゃないですか。お父様の関係もあるし礼を尽くせないのでは」
私は心配したが、其れを見透かしたように、
「父も内輪での結婚式と披露宴を行なって別途、鹿児島でお披露目をすれば良いと許してくれました」
「父が早く結婚するように段取りまでしてくれて、結婚式場も予約し大方の段取りを付けてくれたんです」
此処まで言われると、私も逃げることが出来なくなって、司会を引き受けることとなった。
これで一件落着。早速、夕方、ホテルで司会の打ち合わせを兼ねて、彼女の一族との食事会に出席した。この場には因縁の叔父さん夫妻も出席していた。其の席は、薫さんから一番遠い所にあり、そこに存在感たっぷりに座っていた。玲子と薫さんはやけに親しそうに話をしている何か仕組まれたのかも知れない。玲子は薫さんからの電話で、既に凡そのことを聞いていたのだ。
翌日、店では小さなトラブルがあった。ママが夫、即ちマスターが仕入れを誤魔かしている事を見咎めたのだ。私がマスターに指摘した点だ。これまでも薄す薄すは知っていたが見てみぬ振りをしていた様だが、堪忍袋の緒が切れた様に怒り散らしていた。
「あんた。これどういうこと」
「なに、知らんなあ」
「これでも白切るの。ここにも、これは」
次から次へと証拠を出した。
これを見て抗する事が出来ないと思ったマスターは長い沈黙の後、
「こんな店出ていってやる」
捨て台詞を残して出て行った。
しばらくして、ママは、
「皆さんすみません。気にしないで、早く店始めて」
と言い残して下に降りて行った。譲二が言うには昨日、夜7時過ぎに女の人が尋ねて来てママと言い合いになって、それがどうも今日の激しい喧嘩の原因になっていると耳打ちした。玲子がママを見に下に降りて行き少しして帰って来た。
「ママ元気になったから」
周りの様子を見ながら開店の準備を始めた。
船の入港が近いとあって、多くの人が入って来た。玲子と私は大忙しで注文を聞き、譲二と信二がオーダーをこなした。
昼過ぎに、マスターがぶらっと帰って来て私に、
「ママの様子は」
「下で働いています」
「下にはいなかった」
それを聞いて玲子が、
「民宿にいましたよ」
マスターを下に案内した。
暫くすると再び上がって来て、
「今日8時から皆でママの誕生会をするから」
店を見渡しマスターが告げた。
8時過ぎ、パーティーが始まった。ここでママは、ロコモーションを歌い。ツイストを器用に踊って見せた。日本舞踊をしている事もあり決まっていた。譲二も信二も玲子もママを見習って踊り、それも様になっていた。
民宿の客も参加して不器用な私も加わって踊った。時間は過ぎて、終盤となりここで玲子が会場の正面に現れて、
「皆さんこのパーティーの最後にママとマスターのダンスが有ります」
と告げ、照明を落とし、其の中でママとマスターがウィンターワルツに合わせて踊りだした。
事前に打ち合わせしていたのか、曲は玲子が掛けた。私の予想に反してマスターのダンスは素晴らしく、巧みにママをリードしていた。ママはうっとりとしてやや顔を紅潮させてマスターのリードに従っていた。
曲が終わると、ママは玲子に、
「後は頼むよ」
短く言い残して、マスターと二人で手をつないで出て行った。残された者は、少し時間をつぶして解散した。
私と玲子は店の外に出て港の周りを歩いた。これからの夏の予定を聞くつもりだったが、出来なかった。別れの時は確実に近づいていた。
町をぶらついていると宣伝カーが今度の週末に素人のど自慢大会が郷土会館で開かれることを告げていた。
そして私と玲子もこの大会に関わりを持つ事になる。
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