第78話  呆気ない幕切れ

 八つの雷を纏いし黒い影が、天から降りてくる。

 恵みの雨は既に止み、消え損ねた火がまだそこら中で燻っている。

 辺りは急速に冷え始めていた。


「万策尽きたか」


 榎木は声に絶望を滲ませた。

 影は何処か方向を見定めているかのうようだった。


「あいつ、このままじゃ、どっかへ行っちまうんじゃないですかい?」


 犬八は不安げにいった。


「確かに、なにかを探しているような。しかしこのまま行かせてしまったら・・・」


 そう、どこでどんな事態を引き起こすかわからない。

 警察官である榎木には、許してはならない事態だった。

 しかし、自分ではそれを阻止することが出来そうにもない。

 この天災級の存在相手に、もはや軍隊の出動が必要だが、それでも制圧出来るかどうか。

 榎木は歯がゆさに、拳を強く握りしめた。


「さて、私はそろそろ戻らなければならないが」


 突然、カネヒコが口を開いた。

 余りにも唐突で、今ここの現状との齟齬が大きくて、榎木と犬八は呆気に取られてしまった。


「そうだね、もう歳が改まってしまった」


 草平は落ち着いた口調で答えた。


「で、私になにかいうことはあるかな?」

「では、戻るついでに、アイツも一緒に連れて行ってはくれまいか」

「良かろう。この世界、充分楽しませてもらった。礼をいう。ありがとう」


 カネヒコは若々しく溌溂とした笑顔を見せた。


「あの、一つ訊いても?」


 草平はいった。


「手短に。でないとあ奴がここから立ち去ってしまう」

「向こうの世界は、どんなものですか?」

「うむ、難しいな。言葉にすればすべてが薄っぺらいものになってしまう。

 下なるは上なるのごとし、上なるは下なるのごとし。ここは密度を経験するには良いが、余りに固過ぎる」


 カネヒコの言葉を、草平がどう理解したかはうかがい知れない。ただ自分なりに納得しているようだった。


「では、さらばだ」


 カネヒコがそういい終えたと思ったら、既に姿は無くなっていた。


「あ、え、あれ?」


 犬八が驚いて辺りを見回した。

 草平と榎木はハッとして空を見上げれば、雷を纏った影も同じく消えていた。


「いってしまった・・・」


 まるで何事も無かったかのように、初めから居なかったかのように。

 しかし、辺り一面焼け野原なのは、そのままだった。

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