第77話  収束と理解

 天へと吸い上げられていく不忍が池の水が不意に止んで、一刻静寂が訪れたかと思うと、大音響と共に光の柱が落ちてきた。

 中臣旅子は思わず瞼を閉じ、身をすくめた。

 しかし直ぐに我に返り、暗闇に目を凝らして、雨夜の姿を探し求めた。


「雨夜様!」


 返事が無い。

 旅子は躊躇なく池へ入り込み、冷たい水に腰まで浸かって、さっきまで雨夜が立っていた場所へ向かった。

 やがて暗い水面に、仰向けで浮かんでいる背中を見つけた。


「雨夜様、お気を確かに」


 ぐったりとした体を苦労しながら岸辺まで曳いて、なんとか池から引き揚げた。

 旅子はすかさず制服の懐から小さな紙片を取り出し、地面に落とすと、ボッと音を立てて炎が燃え上がった。

 その熱い火の側に雨夜を横たえ、必死で呼びかける。

 すると、体を大きく震わせ、雨夜は目を開けた。


「あっ、旅子さん。・・・ここは?」

「雷に打たれた雨夜様を池から引っ張り上げたところです」

「ああ、そうでしたか」

「お怪我は? 具合が悪いところはありませんか?」

「いや、どうやら大丈夫らしい」


 雨夜はちょっと顔をしかめ、起き上がろうとする。


「服を乾かさないと」


 旅子は泥に濡れた二人の姿を見て、もう一枚、術式の紙を増やした。


「いったい、なにがあったんです?」


 まだぼんやりとした雨夜に不安を抱き、旅子は堪らず質問した。


「ある神社の神火を通して、こちら側に異界の存在が出現した。炎と雷を操る怒れるモノだった。私は黒龍でもって異界に還そうと思ったが、弾かれてしまった。大分勢力を削いだつもりだが、直ぐに復活するだろう」

「先程の術でも駄目だったんですか。だったらどうすれば・・・」

「おそらく向こうは大丈夫じゃないだろうか。黒龍を介して現場を知覚した限り、あそこに榎木と界草平の一行がいたから」


 異界の存在やら黒龍やら術などといってはいるが、旅子にはいったいどんな代物だったのか見当がつかなかった。ただ、傍から見ていて、雨夜がとんでもない事を起こしていたのはわかっていた。


「また界草平たちですか。しかし雨夜様の術でも無理だったものを、大丈夫というのは」

「彼らと一緒にいたモノが、なんとかしてくれるかもしれない。選択を間違えなければね」

「はぁ」


 旅子は更に理解に苦しんだ。


 盲目であるのに、雨夜様は私よりどれだけ多くの事象を知覚しているのか。


「こうなれば、向こうは彼らに任せるしかありません。こちらでは、私たちに出来ることをやりましょう」


 雨夜は立ち上がり、服にこびりついた乾いた泥を手で払った。


「出来ることとは?」

「この事件の、根本的な収束と理解です」


 焚火の灯りに照らされ、雨夜は屹然としていった。

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