第76話  光の木

 長く漆黒の蛇身をくねらせ突進してきた黒龍は、そのままの勢いで雷纏いし影を口に咥え込み、暗黒の空へと昇っていった。

 その一部始終を驚愕をもって目にしていた榎木二郎は、曇天の夜空を仰ぎ見て突っ立っていた。


「・・・終わった、のか?」少し間を置いてから、ようやくぼそりと言葉を漏らした。「龍なんて、初めて見たぜ」


 泥水のような大雨のお陰で、周囲の火も下火になってきていた。

 逆に濡れた体が冷えて、榎木は身震いをした。

 すると、どこからか人の声が聞こえてきた。

 我に返って辺りを見回すと、村の焼け跡の方に、人影が見えた。

 草平たちだった。


「無事だったのか」


 榎木は駆け足で三人と合流した。


「榎木さんの方こそ」と答えた後、草平はまじまじと榎木を見つめた「あれ、いつの間に警官の制服を、というかなんだか雰囲気がさっきと違うような・・・」

「いや、気のせいです、きっと!」


 横では犬八が訳知り顔でにやにやしている。


「そうですか。で、結局、あそこではなにが起こっていたんですか?」

「まぁ、それが、なんだかわからないまま、あんなことに」


 そういって榎木は、龍が昇って行った真っ暗な空を見上げた。

 釣られて草平と犬八も見上げたその隣で、カネヒコが独り、握った右手を天に突き上げ、ぱっと開いた。

 三人がふとカネヒコの腕を見た瞬間、全てが真っ白な光で覆われ、あらゆる音が消え、赤味を帯びた白い閃光が、大きく枝を広げた大樹のように、真っ暗な空いっぱいに焼き付き、その直後に、一斉に百もの大砲が撃たれたかのような大音響が地上を襲った。


「うわっ‼」


 三人は思わず耳を塞ぎ、地面にしゃがみ込んだ。

 みな、様子をうかがいながら恐る恐る立ち上がり、耳から手を離した。


「なんだったんだ? 今のは」


 草平が誰にともなく訊いた。


「・・・落雷?」


 榎木は認めたくない事実を口にするようにいった。


「もしかして、カネヒコが僕たちに当たらないように防いでくれたのか?」


 今なお暗い空を睨んでいるカネヒコに、草平はいった。


「あれは・・・」


 犬八は、カネヒコが見つめている空を指さした。

 暗黒の雲からゆっくりと現れたのは、先程よりかなり縮小してはいるが復活の兆しを示している八つの雷を、体に宿した黒い影だった。

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