第79話 青い鬼火
雨夜と旅子は馬車に乗り込んだ。
「取り敢えず出して下さい」
旅子は雨夜の指示を随時、馭者に伝えた。
「どこへ行くんですか?」
旅子は訊いた。
こちらで私たちに出来ること、とはなんなのか。
「黒龍で異界の存在を捕らえたとき、伝わってきたんです。アレをこの世に呼び寄せた成り行きが」
「真犯人ってことですか⁉」
「それほど単純ではないようなんですが。かいつまんでいうと、最終的に異界の扉を開けた呪具が、存在するんです。で、今はその行方を追っています。異界の存在はその呪具に強い執着を持っています。おそらくそれを追う行動を取るでしょから」
「どうしてそんな呪具が存在するんですか?」
「それはまた後程・・・、停めて下さい。この辺りです」
雨夜様はなにかを感知しているのだろうか、と旅子は思いながら窓から外を伺ってみると、真っ暗だった。
「外に、出ますね」
馬車の扉を開け、旅子は外に降り立った。
「ここは、墓地」
この広さと位置からいえば、谷中墓地か。
「行きましょう」
雨夜も後から降りてきた。
連なる墓石の影、鬱蒼と闇を湛える木々。
気のせいか、冷気も格段に濃く、まるで刺すようだった。
「ここにいったいなにが」
体を一度震わせ、旅子は訊いた。
しかし雨夜は無言で、杖を突きながら墓地の敷地へ歩んでいった。
そうか、彼には闇夜など関係ないのか。
旅子は遅れないように慌てて雨夜に付いていった。
しばらく墓石の間を縫うようにして歩いた後、雨夜は急に立ち止った。
「そこに居る者、出てきなさい」
珍しく鋭利な口調で雨夜は命じた。
怒っているのだろうか。
旅子は思わず体を緊張させた。
雨夜の声に反応してか、墓石の陰からなにかが立ち上がった。
「なんだおまえら?」
旅子はすかさず術で指先に小さな火を熾し、持参したカンテラに灯して明かりを掲げた。
そこにはみすぼらしい体裁をした男が立っていた。
とにかく目つきが悪く、柄の無い刀を直に持って構えている。その刀身と服には、血を思わせる汚れが付着していた。
「控えろ、我々は警察だ」
旅子が威圧的にいうと、雨夜はシッと手を出してそれを制した。
「その刀、どうしたんですか?」
いたく冷静であり、それでいて冷徹な声だった。
刀と聞いて、旅子は先程の呪具のことを思い出し良く見てみれば、それは禍々しい霊圧を纏っていた。
「ああ? 拾ったんだよ」
男は答えた。
あれ程の呪いが罹った物を持って、よく平気でいられるものだ、と旅子は驚いた。いや、もしかしたら既に平常ではないのかもしれない。
「元の持ち主を、殺して奪ったんですね?」
雨夜は既出の事実のようにいった。
それに対して男がなにかをいおうとした瞬間、雨夜が小さく叫んで、旅子を押して後方に下がらせた。
「下がって!」
すると男を囲む様に青白い鬼火が幾つも空中に現れた。
「うわ、なんだコレ⁉」
男が驚きと恐怖の声を上げると、鬼火はスッと集まって、男の体をその青白い炎で炎上させた。
「ぎゃぁぁぁぁ」
青い炎で生きたまま焼かれる男の断末魔が暗闇を切り裂く。
雨夜が腰に佩いた痣丸を抜くと同時に、隣に立つ墓石に二本の矢が突き刺さった。
「動かない方が身のためだよ」
青い炎に包まれ、のたうつ男の背後の闇から、脅しの声と共に女が姿を現した。
藍色の頭巾を被った着物姿の女は、雨夜たちの動きに睨みを利かせながら、男が手放した刀を拾い上げた。
「ふふふ、身に余るモノは己を滅ぼすって、このことだねぇ」
女は、地に倒れ、肉を焼かれ叫びのたうつ男を見て、楽しそうに笑った。
「・・・おまえは、
雨夜は鋭く言い放った。
「あら、名前を憶えて下さっているなんて、光栄ですわ、雨夜様」
青杖、こいつがあの青杖!
カンテラを手近な墓石の上に置いて、旅子も臨戦態勢に入った。
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