第74話  黒雲に蠢くモノ

 いったいなにが起きた・・・。


 榎木二郎はよろめきながら立ち上がった。

 耳の聞こえが悪いし、目眩がした。

 体のあちこちが痛む。


 そうだ、あの黒い奴の手から雷光が、そして大音響・・・。

 我に返えると、周囲の木々が皆燃え上がっていた。

 ここは・・・。


 どうやら吹き飛ばされて、階段の下まで落ちてきたらしい。

 燃え盛る炎に囲まれていたが、火と相性の良い狐が本性の榎木は、なんとか無事だった。


 雨夜さんの声が無かったら、危なかった。

 上はいったいどうなっているんだ。

 影を抑え込んでいた、あの神職者たちは。


 急斜面を見上げると、石段の縁にあの雷を纏った黒い影が佇んでいた。


 あいつがあそこに居るってことは、神職者たちは無事ではなさそうだ。


 榎木は顔をしかめた。


 黒い影は、高所から睥睨している様子。

 それに釣られ、思い出したように背後を振り返ってみれば、この神社に続く参道沿いに並んだ家屋や、周辺の村々は、ことごとく炎に包まれていた。

 焼け落ちる家、立ち昇る煙、舞い上がる火の粉、まさに地獄絵図だった。


 これが全部、あの影の仕業なのか?

 もしあいつがこの先に進めば、いったいどこまで被害が広がるかわかったもんじゃない。


 延焼の真っただ中に居るにも関わらず、榎木の背筋に恐ろしい寒気が走った。

 あの影は、今にも石段を下りて、上野の方へ進んで行きそうな雰囲気だった。


 どうすればいい?

 変化へんげと、ある程度の術しか使えない俺が、ほんの短い間にこれだけの範囲を焼き尽くせる奴に、どう対抗出来る?

 どう考えても無理だろ。

 俺は武闘派じゃないんだよ。


 無力感に打ちのめされそうな榎木の頬に、冷たいなにかが触れた。


「ん?」


 これは・・・、と思って天を仰げば、二つ三つと感触が増え、あっという間に辺り一面にザーっと音を立て始めた。


「雨かよ⁉」


 突然の、驟雨の如き土砂降りの勢い。


 なんだか泥臭い雨だが、これで炎は消えるんじゃないのか⁉


 確かに、炎の勢いは収まり始めている。このまま降り続ければ直に消えるだろう。

 しかし元凶である雷を纏った影はまだ健在だった。


 やはりアイツをなんとかしなければ。


 当の影は、雨の中、今度は曇天を見上げるような素振り。

 榎木もその先を目で追うと、気のせいか、赤く染まる黒雲に、蠢くなにかが見えたような。


 え、いや、錯覚などではない。確かになにかが動いている。


 雨に濡れる額を拭い、もっとよく見ようと目を凝らす。

 赤黒い雨雲の間を縫うように、うねうねと動くモノが、こちらに向かってきている。


 まるで、蛇・・・・、いや、龍だ!


 どす黒い暗雲より尚黒い、黒龍だ。

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