第64話  排除されし者

 雨夜。


 そう、彼の名はただ雨夜だけだった。


 榎木二郎が警察の資料をいくら探っても、そうとしか記されていなかった。

 そんなことがまかり通るのは、皇王スメラミコトの弟殿下ならではのことなのか。

 しかし雨夜は皇族から除籍されている。理由は生まれながらにして盲目だったからだと思われる。

 妖狐族が苦労して集めた情報によれば、かろうじて皇族であった痕跡が残されているが、公には完全に存在が抹消されていた。


 彼は無かったことにされたのだ。

 やんごとなき一族から、排除されたのだ。


 それがどう流れ着いたのか、今では警視庁特務課客人対応係付きの警視に収まっている。

 雨夜の生い立ちのほとんどは謎に包まれていた。

 もしかしたらこれは貴重な情報を得られる最大の機会なのかもしれない。

 榎木二郎は、雨夜の執務室で相対し、殺人事件の報告を語りながら思った。


「では、その殺人事件に、なんら異常性はみられなかったということですね?」


 雨夜は問い質した。


「ええ、単なる、今流行りの年末の押し込み強盗の結果とみられます。我々の管轄外かと」

「それは、君の見地から見ても?」

「は?」


 今自分の意見を述べたばかりだというのに、いったい他になにを求めているのか。

 榎木は雨夜の意図が読めなかった。


「はい、自分どころか、誰がどう見ても凡庸な強盗の仕業だと」

「いや、私のいっているのは、妖狐の立場からみて、ということだよ」


 雨夜の言葉に、榎木は沈黙した。

 なんと、既にバレていたのか。

 まさかオレの隠形変化が見破られるとは。

 榎木二郎は自分の術の出来に相当の自負があった。だからこそ、その衝撃は小さくはなかった。


「大丈夫、君の変化は相当なものだったよ」

「『だったよ』ですか。ははは、傷口に塩を塗らんで下さい」

「私は君の率直な意見が聞きたい。情報収集屋としてのね。勿論これは警察の仕事とは別件だ。報酬は払わせてもらうよ」


 収集はするが売る方はやっていないのだが、と榎木は思った。

 まぁいい。ここで伝手を作っておくのも悪くないだろう。


「わかりました」


 榎木が答えると、雨夜は目を瞑ったまま、その美しい顔に意味ありげな微笑を浮かべた。

 榎木は少しだけ不安に駆られた。

 このお人はやはり謎が多過ぎる。どこまで信用出来るだろうか。


「今更なにをためらうんです?」


 榎木はいろいろ推し量った後、とうとう腹を括った。

 ええい、ままよ。


「私の見立てでも、やはりあの殺人は単なる強盗のものと思われます。ただ・・・」

「ただ?」

「近頃、界草平と一緒に行動を共にしている男は、ただモノではなさそうです」

「ほう、それはどういう?」

「それは私にもわかりません。それでもあの男の得体の知れなさは確信しています」


 雨夜はちょっと思案気に指を顎に当てた。


「ふむ。ならば引き続き界草平の見張りをお願いします」

「それはどちらの私でいけばよろしいんでしょうか?」

「君の全力を持って当たって下さい。これには多くの命に係わるかもしれないのです」


 雨夜の態度は真剣そのものに見えた。

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