第65話  前夜

 散歩から帰ってきてからずっと難しい顔をしている犬八に、カネヒコとかるたをしていた草平は声をかけた。


「どうかしたいかい?」

「いえ、なんでも」

「そう? かるたがちっとも取れていないけど」

「ソウヘイ! はやく、よんで!」

「はいはい。『犬も歩けば棒に当たる~』」

「ハイ!」


 カネヒコは恐ろしく素早い動きで、犬の絵が描いてある札に手を付いた。

 おそらく意味はわかっていない。ただ犬の絵だから取ったのだ。


「散歩のときの事件が気になっているのかい?」

「ええ、まぁ」


 犬八は曖昧な返事をした。


「不安になる気持ちもわかるが、まぁウチには盗るような物もないしね。強盗くらい、いざとなれば僕がとっ捕まえてやるさ」

「先生、危ないことは止してくだせぇ」


 犬八は苦笑いを浮かべた。


「押し込み強盗なんか、俺がなんとかしますよ」


 殺人現場に駆け付けた巡査たちは、結局この辺りで最近横行している強盗殺人として処理していった。

 本当にそれだけならいいのだが。

 犬八はおそらく近くに居たであろう、榎木二郎の意見を聞きたかった。

 あいつならなにか知っているかもしれない。


「犬八が居てくれて、頼もしいな。つい甘えてしまうよ」


 火鉢の熱と大人の男三人がかるた遊びに興じているせいで、狭い部屋は真冬なのに暑苦しいくらいで、草平の顔は少し赤らんでいた。


「う、せ、先生。俺も・・・」

「ケンパチ、かるたやれ!」


 そこでカネヒコが怒鳴った。


「おまえはいつもいつもぉこの野郎ぉ」


 犬八も一緒になって怒りの唸り声を漏らした。


 いよいよ明日は大晦日だった。

 草平と犬八は、掃除の最後の仕上げと、正月の準備に忙しくなりそうだと思いながら、どこか浮つく心持を楽しんでいた。


 旧い歳が新しい歳へと更新する、大きな節目となる日。

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