第63話  上司との圧迫面接?

 日比谷、警視庁舎の廊下で、榎木二郎は客人対応係の上司である雨夜に遭遇した。


 職場の上司なのだから、遭遇したなどとは大袈裟かもしれないが、榎木二郎にとっては少し事情が違ってくる。

 彼は警視庁警務部特務課客人対応係において一介の平巡査だが、同時に妖狐として情報収集の為に潜入している身、いわゆるスパイなのだ。

 なので、いくら隠形の術に自信があり、人化が完璧だと自負があっても、流石に雨夜にあまり近づきたくはなかった。なにせ雨夜は・・・。


 慌ただしく警官が行き交う通路を、正面から杖を突いて、助手の中臣旅子を従えた雨夜が歩いてきた。まるでそこだけは凪の水面であるような静けさを纏って。

 榎木二郎は避けようとも思ったが、あからさまなのもどうかと思い、俯き加減で軽く会釈だけ済ませてやり過ごそうとした。


「あれ、ちょっと待って下さい」


 すれ違い様、雨夜は声をかけた。

 榎木は反射的に立ち止った。


「どうしました?」


 隣の旅子が怪訝そうにいった。


「いや、榎木二郎君だったよね?」

「え、あ、はい」


 二郎は極力平常心を保って答えた。


「確か、界草平に付いていて、殺人事件の現場に行き当たったとか」

「はい、その件に関しては、既に報告書を上げてありますが」

「うん、それとは別に、君の率直な意見を聴いてみたいのだ。後で私の執務室にきてもらえるかな」

「はぁ・・・」

「あの、雨夜様?」


 戸惑った様子の旅子。


「いや、いいんだ。では榎木君、半刻後に」


 二人が立ち去った後、榎木二郎はしばしその場で立ち尽くしてしまった。


 いったいどういう了見なんだ?


 半刻後、榎木は雨夜の執務室の前に立った。


 心の準備をしていると「どうした、早く這入ってきたまえ」などと中から声が聞こえてきた。


 ええい、ままよ。


 榎木はどうにでもなれと扉を開けた。


「やあ、時間通りじゃないか」


 部屋の奥で、雨夜は窓を背にして大きな机の後ろに座っていた。中央にはソファと低い机。それ以外はほとんどなにもない。

 目の見えない雨夜には、資料や書籍は必要なかった。


「まぁ、掛けて下さい」

「失礼します」


 榎木は言われた通りソファに腰を下ろした。

 しかし殺風景な部屋だ。

 榎木は何気なく見回した。

 窓際に設置されたスチーム暖房のお陰で大分暖かいのが助かる。

 それがなければ寒々しい限りだ。

 雨夜の人となりが伝わってくるようだった。


 本来、こんなところに居るべきお人ではないのに。

 この国の皇王、スメラミコトの末弟、通常なら軍の将軍になられるはずのお方だ。


「なにか気がかりなことでも? だんまりしてしまって」

「いえ、申し訳ありません。私からの殺人事件についての報告をご所望でしたね」

「よろしくお願いします」


 榎木は膝の上で握った拳が汗で湿るのを不快に思いながら、平静を装って淡々と事件について語り始めた。

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