第55話 警視庁警務部特務課客人対応係
「では、次の報告書にまいります」
日比谷にある警視庁新庁舎、警務部特務課客人対応係の係長室。
中臣旅子は、係長であり課の長でもある雨夜警視の側に侍り、口頭筆記の任に就いていた。
雨夜は目が見えないので、警視付きである旅子が、通常書類を読み上げ、雨夜がそれに対して指示した言葉を書き記していた。
「いや、ここまでにしよう」
雨夜はいった。
「申し訳ありません。お疲れでしたか」
「違うよ。ちょっと上野の件が気になってね。その後どうなっていますか?」
「はい。依然厳戒警備体制下にありますが、我々の職務内に限っていえば、まだ変化はありません。ただ・・・」
「我々の職務外では?」
「はぁ、この年の瀬の時期ですから、空き巣、強盗などの通常犯罪が多発しています」
「うん、続けて」
「ただ、先読みの報告では、変事の発生率は上昇中だそうです」
先読みとは、決して未来を予測するものではない。
ただ、この組織の隠語としてそう呼ばれているだけだ。
実のところは、空間の歪み、不安定さに鋭敏な者たちの集団である。空間の歪みがあるところに事件アリ、という結論に至り、それを治安維持の手段として取り入れているのだ。
空間の歪みは時と場所によって差異がり、同じ場所でも時刻や時期や季節によっても変化する。
特に歳の更新という大きな節目である大晦日は、あらゆる場所で空間に歪みが生じ易い。
それを含めても、今回の上野周辺での空間の歪みは異常なものだった。
「空間の不安定化は、物質や人の心、ひいてはこの世の法則までにも影響しますから、かなり心配ですね」
旅子の言葉に、雨夜は頷いた。
「確か、それについて面白い角度から考察している学者がいたと思ったが・・・」
「そんな奇特な人間が、在野にですか?」
「ミンゾク学とか呼んでいたような。おそらく帝学の講師だったか」
「あ、それは界草平のことだと思います」
「・・・また彼かぁ」雨夜は椅子の背に寄りかかり、溜息をついた「そんな研究をしているから、こうも事件に首を突っ込むことになるのだろうか」
「接触を試みますか?」
「うん、それとなく監視を付けておくのも悪くないかもしれないね。念には念を入れて」
「承知しました」
一度、ちゃんと話をしておく時期にきている、と雨夜は思った。
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