第56話 変身物語
風呂上がりの草平が手拭いで体を拭いてやっている相手を見て、犬八は驚きと困惑の声を上げた。
「せ、先生、そいつはいったい誰です?」
「え? 誰って、行き倒れてた彼じゃないか。あ、そういえば名前を知らなかったな。君、名前は?」
いや、そうではなくて、名前よりもそれよりも、と犬八は焦り始めた。
行き倒れていた男の姿は、髭を剃って髪を整えただけでは済まされない変貌を遂げていた。
昨夜は痩せ衰えた老人、少なくとも中年以上の歳に見えた。しかし今の姿は、体格の良い溌溂とした表情の青年に見える。
確かに伸び放題の髪と髭で顔ははっきりとは伺えず、体も臭くてちゃんと見ていなかったのではあったが、それにしても・・・。
犬八はここにきてようやく確信した。この男はやはり人ではない。
「なまえ?」
行き倒れ男は無邪気そうに訊き返した。
「そう、君の名前」
どうやら上手く伝わらないらしい。
「僕は、草平。彼は犬八。君は?」
草平に指を差されて問われ、合点がいったように男は晴れやかに笑った。
「あー。オレ、カネヒコ。オレ、カネヒコ!」
「そうかぁ、カネヒコっていうのかぁ」
草平は満足してうなずいた。
「いや、ちょっと、先生。おかしいでしょ」
犬八は目のやり場に困りながら、裸の草平に近づいて顔を寄せた。
「なにがだい?」
「え、先生気付いてないんですか?」
「だから、どうしたんだい?」
「この男、明らかに昨日と姿が違っているでしょう⁉」
「はぁ?」
草平は訝し気に自称カネヒコを、頭からつま先まで値踏みするように見た。
当のカネヒコはだらしなく笑顔を浮かべている。
「昨日は絶対にこんなではなかったはずです!」
「う~ん、確かに言われてみればそうだったような気もするなぁ」
「少なくとも、こんなに若くて肉付きのいい男ではなかったです」
「そうかもしれない」草平は難しい顔をして唸った。「なぁ、カネヒコ。君はいったいどこから来たんだい?」
「オレ、どこからきた? どこからキタ? わからない。そう、わからない!」
そんなことを訊いた自分たちが悪かったといわんばかりに、草平と犬八は大きな溜息をついた。
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