第53話  天・地・人

 遂に完成した。


 町田透一は刀の茎を持ち、じっくりとその出来栄えを眺めた。

 黒々とした刀身は、良く鍛錬された証だ。特に怪しくも美しく乱れた皆焼は見る者を不安にさせ、尚且つ惹きつける。

 取り寄せた鋼材には隕鉄も含まれているという。透一には未知なる領域だったが、他とは違う特異さを出すためには、藁にも縋る試みだった。


 そして格別で特別な火。

 神聖な火。


 隕鉄と同じで、これも天から雷によってもたらされたものだ。これには偶然を越えた神秘性が感じられた。しかも二千年もの間人の手によって護り受け継がれ、燃え続けてきた火だった。


 天に起源をもつ鋼を、同じ天由来の火で鍛えた。

 この刀には、天・地・人の力が凝縮されているのだ。


 透一は、自分の全てを捧げたのだった。

 妻と子とは、憑りつかれたように刀を打つ透一に呆れ果て、或いは恐れをなし、出ていってしまった。

 家と工房も借金の担保とし、財産のすべてを費やした。

 最高の炭、最高の水、最高の土を使った。

 もうこれだけだ。私に残されたものはこの刀だけだ。しかし、それでいい。この刀さえあればいい。


 後は銘を入れ、仕上げの研ぎをするだけだ。

 この刀は正月明けの品評会に出品するつもりだった。それで入選以上を貰えば、刀鍛冶としての人生は拓けると確信していた。

 そうすれば金も仕事も入って来る。妻も子供も帰って来る。


 透一は踊る心を抑えきれず、独り薄明かりの工房で高らかに笑った。

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