第52話  先生らしさ

 夕飯を終え、犬八は後片付けをし、草平は再び書斎へ籠った。

 犬八の頭の中は始終、行き倒れの男のことで一杯だった。


 どうやったら先生にあの男のことを説明できるだろうか。只モノではないといえば、どうしてそんなことがいえる? と問われたらなんともしがたい。

 このままそれぞれ寝てしまって、もし先生に何事かあったらとんでもない。そうだ、一緒に寝ればよいのだ! しかし、それはさっき余りに唐突だったので恥ずかしくて断ってしまったではないか!

 ああ、なんてことだ、先生と一緒に寝床を共にする機会を逃してしまった!

 くそ、許さん、行き倒れ男。貴様の所為だ!

 いやいやいや、違う違う。まず先生にあの男の怪しさを伝えねば。

 ん? そうだ、直接問い詰めればいいんだ。


 犬八は意を決して行き倒れ男が寝ている寝室へと向かった。


 そもそも先生の布団はこの寝室にあるのだ。おれはそれを運び出しにきたんだ。


 意気込みとは裏腹に、そっと寝室の引き戸を開ける。

 外の明かりが射し、再び閉じて暗闇へ返った。

 イビキをたてて寝入っている行き倒れ男を見据える。

 夜目が利く犬八には暗闇など屁でもなかった。


「おい、起きろ」

 低い声で脅すように声をかけた。

「おい、こら、起きろ」

 何度も試してみたが一向に男は起きない。

 それにしても酷い臭いだ。

 鼻も利く犬八には男の異臭が大いに堪えた。


 まったくどうして先生はこんな男を・・・。


 しかし家の前に倒れていたからといって連れ込んでしまうのも先生らしさだな、と犬八は改めて草平への想いを昂らせた。

 遂に犬八は諦め、押し入れから出した草平の布団をかかえ、部屋を後にした。


 客間に寝床の準備をしていると、草平が這入ってきた。


「犬八ありがとう。丁度眠くなってきたところだよ」


 眼鏡を外し、眠たそうな目を擦っている草平を見た犬八は、尻尾があったら大いに振り回しているところだが、そこはぐっと堪えるのだった。


「先生、さぁさぁどうぞ」


 草平は準備してあった寝間着に着替え、布団に潜りこんだ。


「犬八、迷惑かけてすまないね。僕の我がままに付き合わせてしまって」

「滅相もないです。しかし、あの男は、そのぉ・・・」

「なんだい?」

「あの男は、どこか怪しいです」

「・・・・うん、まぁ、しかし僕を頼ってきてしまったからには・・・」


 草平はいい終える前に、眠りに落ちてしまった。


「そうですね、先生」


 犬八は慈愛に満ちた笑顔で、布団をしっかりと草平の肩まで引き上げた。


 土砂降りの中、ずぶ濡れで突然訪ねてきた俺を、先生は家に入れてくれた。そして素性もわからぬ男を、書生として置いてくれた。それが先生なんですよね。

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