第30話 激突
「おっと、あんた等の相手は俺だ」
犬八は真夜中過ぎの路地で、二人の男と対峙していた。
彼等の足元には、巡査の遺体が二つ。一つは心臓を短刀で刺され、一つは首の骨を折られている。人を殺すことにまったく躊躇の無い様子に、殺しを生業としている輩たちなのだろうと犬八は察した。
こんな奴らを差し向けるとは、銀座の時とは訳が違う。確実にお菊以外は殺す心積もりじゃねぇか。
そいつは誠に許せねぇな。
「おい、お前。邪魔するならば、容赦はせぬぞ」
二人の男は筒袖に揃って袴姿で、坊主頭、隆々とした体つき。まるで双子のような見た目だった。
ま、俺も似たような感じではあるがな。
犬八は唯一違う伸びた芝生のような頭を掻いた。
「だったらどうするってんだ?」
「時間が惜しい。お前は追え。後始末はしておく」
一人が言うと、短刀を持った男の方は人間離れした動きで、道路脇の高い板塀の上に跳躍し、更に飛んで家の屋根を伝って草平たちを追跡しようとした。
「惜しいのはこっちの方だ」
犬八も同じように板塀の上まで飛び、そこを足掛かりにして空中で短刀の男に蹴りを入れた。
「んぐっ」
不意を突かれた短刀の男だったが、身を翻してちゃんと道路の上に着地した。
しかし、後から飛んだ犬八に空中で叩き落された事実は、少なからず坊主頭の男たちに衝撃を与えた。
「二人で一気に片を付けるぞ」
道の真ん中で二人が並び「喝!」と気合の雄叫びを上げた。すると顔や手や首筋、胸といった露わになっている肌に、文字とも何ともつかぬ文様がぼんやりと暗赤色の光を放って浮かび上がった。
「なんだそりゃ。面白ぇ手品だな」
犬八がニヤリと笑う。
「何者か知らんが」坊主頭が呟く「死んでもらう」
言い終わらない内に、短刀男が凡そ人間離れした速さで踏み出し、切っ先を犬八に向けて突く。
犬八はそれを後ろに下がってかわす。そこに無手の坊主頭が身を低くして犬八の懐に入り込み、腹部へ正拳を叩き込もうとするのを、犬八は横に避け、上から坊主頭の頭頂目がけて掌底を落とし込み、男を顔面から地面に叩きつけた。
「ふべっ!」
鼻の骨くらい折れたかな。あるいは気絶か、足元覚束ないだろう。
すぐさま短刀の男が大きく振りかぶって切っ先を振り下ろす。
避けても良かったが、犬八はあえて左手で短刀を持った男の手首を取り、右手で筒袖の衿を掴み、強引に柔道の一本背負いのように投げ、地面に打ち付け、そのまま自分の体重を全部肘に預けて男の腹部に乗せた。
すかさず起き上がった犬八。しかし立ち上がるのは自分だけだと気付いた。
顔面強打の男はやはり気絶。背負い投げを食らった男は重傷だろう。
全身に浮き上がった文様でなんらかの呪術を発現させたのか、普通の人間以上の速さと力を得ていたようだが、犬八に軽くあしらわれてしまった。
人間よ、先生に手を出そうとして、この程度で済んだこと、有難く思え。
犬八は草平のことを思い出して我に返り、後を追った。
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