第29話  襲撃

 泣き疲れたお菊を布団に寝かしつけ、草平は風呂に入り、犬八には明日いろいろ話し合おうと伝え、自分も早々に床に就いた。

 昼間伊吹戸と話したことやお菊の告白のことに考えを巡らしている内に、いつの間にか寝入っていた。


「先生、起きてください」


 犬八の声を聞いて、もう朝なのかと飛び起きた。しかし部屋はまだ真っ暗だった。


「犬八、どうしたんだい?」

 眼鏡をかけ、訳も分からず犬八に声を掛けた。

「先生、どうやら外に嫌な気配が来ています」

「嫌な気配?」

「おそらく、教団の奴らではないかと」


 ハッとして草平は伊吹戸の言葉を思い出した。

 教団の手先が、お菊ちゃんを奪い返しに来たのか。いや、もしかしたら伊吹戸の手の者というこいともあり得るかもしれない。


「時間が惜しいです。一刻も早くここを出ましょう」


 犬八はお菊を起こし、草平は逃げる準備を整えた。


「こっちから」

 犬八は台所にある勝手口をそろりと開けた。

「おじさん・・・」

 お菊は不安そうに草平を見上げた。

「大丈夫」草平はお菊をそっと抱き締めた「とりあえず、今は逃げるよ」


 クンクンと犬八は大気中の匂いを嗅ぎ、無言で隣家と隔てる垣根の隙間にしゃがみ込んで潜りだした。お菊と草平もそれに続いて垣根に潜り込んだ。

 こんなところに抜け穴があったとは。

 お隣さんの庭を横切り、今度は板塀をよじ登り、それを何度か繰り返して、やっと道に出た。


「これからどうする?」

 既に肩で息をしながら、草平は尋ねた。

「ひとまず、上野の公園で身を潜めましょう」

 普通に歩けば半刻ほどで着く場所だ。

 一行は急ぎ足で歩き始めた。

 草平はお菊を手を握りしめて歩いた。


 こんなところで終わる訳にはいかない。お菊ちゃんには幸せになって欲しいんだ。幸せに・・・。


 歩くこと集中していると、前を行く犬八が急に立ち止った。何事かと犬八の肩越し前方を覗き見ると、二つの灯が近づいてきていた。


「おい、コラ。お前たち、こんな夜中になにをしている」


 明かりの正体はカンテラを持って夜回りをしている巡査二人だった。


「男二人が少女を連れて・・・、怪しい、非常に怪しい! お前ら、ちょっと駐在所まで来い!」


 確かに、そう言われても仕方のない状況だった。

 どうする? と草平は犬八と顔を合わせた。


 警官が居るところで匿ってもらうのも、一つの手かもしれない。

 相談しようとしたその時、犬八の顔が急に強張った。


「あんたらは、俺たちと一緒に来て貰おう」


 巡査たちの背後の闇から、重く冷たい声が聞こえた。


 驚いて振り返ろうとした巡査の一人は後ろから短刀で胸を刺し貫かれ、もう一人は首が不気味な角度にひしゃげ、虚ろな目をして地面に崩れ落ちた。


「先生、お菊を連れて逃げて!」


 犬八は草平たちの前に楯のように立ちはだかった。

「しかし!」

「先生、さっき決めた場所で!」

 それまで見たこともない険しい目をした犬八を認め、草平はこの場の危険さと犬八の覚悟を了解した。


「わかった。待ってる」


 草平はお菊の手を曳き、急いで脇道へ入った。

「無理はしいなで」

 去り際に、お菊は託すように犬八へ言葉をかけた。

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