第18話  犬のお兄さん

「まぁとりあえず、詳しい話は帰ってきてからにしよう」

 急いで朝飯を掻き込むと、草平は忙し気に大学へと出かけていった。

「いってらっしゃい」

 犬八とお菊は揃って見送った。


「さて、どうしたものか」


 犬八は腕組して、隣の少女を見下ろした。


「ねぇ、犬のお兄さん」


「・・・その“犬のお兄さん”っていうのを止めてくれ」


「どうして? 犬のお兄さん」


「おまえワザとやっているだろ」


「犬のお兄さんは、おじさんのことが好きなの?」

「はぁ? なに言ってやがんだおまえ。じょ、冗談も休み休み言え」

 子供相手に結構本気で焦りを覚える犬八。

「ふうん、だけどおじさん優しそうだしねぇ、三十路の割に可愛らしいしねぇ」

 お菊はシラを切る犬八の周りを歩き回りながら呟いた。


「こら、大人をからかうもんじゃねえぞ」


 我慢しきれなくなった犬八は、お菊の頭をぐいと鷲掴みにした。


「でも、犬のお兄さんは、人じゃないんでしょ?」


 お菊を顔を覗き込んでいた犬八の顔が一瞬凍り付いた。


「ごめんなさい。やっぱりこういうのがいけないんだね。こんなこと言われたら、気味悪いよね。こんなだから親からも誰からも嫌われるんだよね」お菊は犬八の手から逃れ、玄関の床に降り立った「こんな私なんか、おかしな人たちの中で、占いでもやっていればいいんだよね」


「俺だって同じだ」


「え?」


「おまえの言う通り、俺は人じゃない。そんな俺が正体を偽り、人間の中に混じって、想いを寄せる人の側で生きている。だが、その想いには、嘘偽り無いと思ってる。届かないかもしれないし、正体が知れたらどうなるかと恐れながらも、俺がこうして生きていくと決めたんだ。他所から見たら我儘かもしれない、愚かかもしれない、でもこれは自分の問題だ。自分で答えを出したんだ。おまえにだって、自分らしい生き方ってものが、必ずあるはずだ」

「自分らしい生き方?」

 涙目のまま、お菊は犬八を見上げた。

「そうだ。我慢してたってなんにもいいことはねぇぞ。なにか思いっきりやりたいことないのか?」

 ずっと押し込められていたんだろ? 犬八はお菊の今までの人生に想いを巡らせた。


「私は・・・カステラが食べたい」


「・・・それだ!」

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