第17話 会談
界静雄は離宮にほど近い赤坂の料亭の前に馬車を着けさせた。門を潜ると馴染みの女将が慇懃に出迎えてくれた。
「馬淵様はもういらっしゃってますよ」
「うん、頼む」
中庭を眺める回廊を歩いて、奥の一室へ案内された。
「失礼します。界様がご到着なさいました」
女将がすっと障子戸を開けた。
「申し訳ありません、お待たせてしてしまいまして」
二十畳程の部屋に通された静雄は、既に胡坐をかいて座っている羽織袴の男に挨拶をした。
「とんでもなか。こちらは先に初めておりました」
「まさか、警視総監直々に出向いていただけるとは、思いもよりませんでした」
「なにを仰いますか界卿。最年少で枢密院顧問になられまして、めでたいことです」
馬淵は微笑みながら静雄に徳利を差し出した。
静雄は女将にタキシードの上着と山高帽を預け、馬淵辰美の向かいに腰を下ろした。
言わずと知れた警視庁の最高権力者、警視総監の馬淵辰美だ。六十歳になる恰幅の良いこの男は、陸軍高等官や将軍の職を歴任した後、警視総監に抜擢された。薩摩の出身で、あの西郷隆盛とも知古の間柄だったと聞く。西南戦争の混乱を潜り抜け、尚高い地位に居るこの男を推し量るように静雄は見つめた。
「まぁ、どうぞ。まずは一杯」
朗らかな声で馬淵は徳利を差し出した。
「いやいや、めでたい限りですなぁ。お噂はいろいろ聞いてますよ。お若いのに、かなりのやり手だとか、まぁそれくらい腕白でないと、やっていけませんからなぁ」
彼にしてみれば私は腕白小僧なのかな。静雄は内心苦笑しながら、受けた杯を飲み干した。
さて、いきなり大将が出てきたとなれば話が早い。それは逃げも隠れもしない、ということなのだろう。静雄は躊躇せずに切り出した。
「既にお耳に入っていると思いますが、ちょっとお伺いしたいことがありまして」
「おいおい、まだ食事の途中なのに、せっかちやねぇ。これから芸妓でも呼んで、楽しんでもらおうと思っていたのに」
「お気持ちは有難いですが、遊びには興味がないので」
「なんだ、男の方がよかったのかい?」
「強いていうなら、どちらでも構いません」
「ほう、噂通りの、男だわい」
馬淵はそれまでのとぼけた顔を捨て、狡猾そうに笑った。
「聞きたいのは、お客様係のこつやろ?」
「そう呼ばれているんですか?」
「ただの隠語だよ。正式には警視庁特務課客人対応係」
馬淵はそこで徳利から酒を注いで、一口舐めた。
「別に公にしていないだけで、隠していたつもりはいんだが」
「それらに違いはあるんですか?」
静雄は皮肉交じりに訊いた。
「ふん、心の持ちようだな」
「で、客人とは・・・」
「正に君の弟さんが詳しそうじゃないか」
「はぁ、なるほど」
曖昧な返事をして静雄はやり過ごした。
「まぁ、おいもまだ疑念はあるが、背に腹は代えられん。現実に存在しているからなぁ」
静雄はなにも反応を示さず、ただ馬淵の出方をじっと待った。
「祟り、呪術、妖怪、魑魅魍魎、まさかここにきて再び表舞台に出てこようとはな」
「つまり、そういった類のことなのですか?」
「ああ。我々はそれらをずっと野放しにしてきた。近代化を推し進める国家として、それらを適切に扱い、管理していかねばならぬ。そのための機関が警視庁特務課客人対応係なのだ。詳しくは後で専門家をよこそう。この部署の創設にも係わる人間だ。一つ言っておく。我々はあくまで警察機関だ。しかし政府は軍にも同じようなもんを作っちょるつう噂だ。それはおそらく、軍隊としての性格を帯びていよう」
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