第16話  教団

「本当に辛かった。何度も家を出て行こうと思った。でも、それでも、お父さんとお母さんに迷惑はかけたくなかった。その頃にはもう気味悪がって私と話そうともしなくなっていたけれど。

 薄暗い部屋で一人ぼっちで、来る日も来る日も遊んでいた。頭の中で、空想で。そのうち空想なのか本当のことなのか分からなくなってきて、段々頭がぼんやりしてきて、昼も夜もなくてただずっと夢をみているような感じになって、あの頃のことはあんまり覚えてないんだ。

 けれど或る日、私に会いたいって人たちが家を訪ねてきたの。その人たちが教団の人」


「教団?」

 草平が口を挟んだ。

「王母教団って、知ってる?」

「うん・・・名前だけは」


「で、教団の人たちが私の噂を聞きつけてきたの。私を引き取りたいって。父さんも母さんもちょっと渋ってみせたけど、お金を払うって聞いたら喜んで私を手放したわ。しっかり人の為に尽くしてきなさいって」

 お菊はなんでもないといった顔をしていた。

 その様子を見て草平は、下ろしたくても下ろせない重い荷物を背負っているような気持になった。


「それが、あの上野で占いをさせていた人たちなのかい?」

「そう。教団の人たちは乱暴で、いつも私を犬とか猫みたいにしか思っていなかったようだけど、それでもちゃんと相手してくれるだけマシ。親や学校や村の人たちみたいにまるで無視して見えないモノ扱いじゃないから。それに住むところや食べ物もくれるしね。生きていくために、私なりに一生懸命力を貸したわ」

「占いをした、ということ?」

「うん。さっきも言ったけど、私視えちゃうの」


「やっぱり、未来が?」

 草平はおずおずと訊いた。


「どうなのかしら。よくわからない」お菊は首を傾げ、天井を見やった「確かにいろんなことが視えるけど、いつでもではないし、あやふやなときもあるし」

「そんなとき、占いをしてもらいに来たお客にはなんて言うんだ?」

 それまで黙っていた犬八が急に口を挟んできた。


「そのときは適当なことを言って誤魔化すわ」

 揃って顔をしかめる二人を見て、お菊は声を荒げた。

「仕方ないじゃない。怖い教団の男達は隣で見張ってるし、お客は必死だし、私にどうしろっていうのよ」


「わかったわかった、だからお茶でも飲んで落ち着いて」

「だけど、天幕の裏でおじさんと目が合ったときは、ガチリとハマった感じがしたの」お菊はそう言ってお茶を一口飲んだ「私がこの部屋で、おじさんと犬のお兄さんと話をしている絵が見えたから」

 草平は驚きと共に関心を抱きながらふと思った「犬のお兄さん? 犬八のことかい?」

 お菊はきょとんとして、不思議そうな顔をした。


「あ、そういえば!」突然犬八が大きな声を出した「お菊ちゃんはよくこの家の場所がわかったね! だいたい、こんな風景が見えたとして、それだけで家を訪ねようと思うのかい?」

 なにやら焦ったように犬八は、続けざまに尋ねた。


「家の場所は、なんとなくわかった。こっちの方かなぁって。あとここに来た訳は、しばらくここに置いて欲しいの。私、教団を黙って抜け出してきたから」

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