第十一話 敗北の自覚
一回戦負け。優勝までの筋書きが用意され、上司であるカッサバルド様直々に手配していただいたモンスターを用いての結果。不甲斐ないどころではない。ただただその思いがずっと頭の中を巡っている。大会主催者席へと足早に向かう。水棲生物であることを忘れているかのように、歩きにくさなどは一切感じられなかった。
大会主催者席付近で警備のリザード兵と出くわしたが、大会開催前に顔合わせはしていたのですんなり通してもらえた。大会主催者席へのある部屋へと入るなり開口一番、僕は己の情けなさを謝罪した。
「カッサバルド様。申し訳ございません」
最悪の結果。優勝して当然の大会にもかかわらず一回戦での敗退。言い訳のしようもない。
「ルドガーか。残念な結果だったな」
「面目次第もございません」
「勝利もあれば敗北もある。一時の勝敗に固執していても良いことはないぞ」
てっきり叱責されるものかと思っていた。しかしそうはならなかった。カッサバルド様は器の大きなお方だ。
「今回はお前の不得手とする地上戦だったのだ。率いるのも地上の者達だ。勝手が違い苦労しただろう。良い勉強をしたと思え」
「は、はい……」
叱責を受けないことで安堵した。すると大会主催者席にはカッサバルド様以外にもう一名、席に着いていることに気がついた。
「カッサバルド様、そちらの方は?」
「ああ、今回の大会を見に来たケルーナ殿だ」
大会主催者席に座るケルーナ様が立ち上がった。その姿を見たとき、僕は心の底から萎縮してしまう。なぜなら僕は、その種族を初めて目にしたからだ。
「初めまして。ケルーナと申します」
眼光鋭い赤目と長く尖った耳。控えめな黒い服の隙間から見える宝石のように美しい鱗。生まれて始めてみるドラゴン族と、僕はまともに対面することすら出来なかった。
さらにケルーナという名に聞き覚えがあった。魔王様の側近で特別監査官という地位にいるドラゴン族の女。違反を見つければ容赦はせず、時には自らの手で魔王様の敵を屠るという。移籍市場に出ることのない存在だが、もし出たとすればおそらく史上最高額となることだろう。
「ケルーナ様。お初お目にかかります。ルドガーと申します」
「かしこまらなくて結構ですよ。ここから観戦させていただいていました。結果は残念でしたね」
「い、いえ……自分の実力不足故の結果です」
カッサバルド様だけでも威圧感がすごいというのに、ケルーナ様まで目の前に立っておられる。今日僕は緊張感と威圧感で死んでしまうのではないか、心からそう思った。
「本当に残念でした。水棲系の管理者が地上でどこまで出来るのか、カッサバルド殿の面白い試みは魔王様の側近でも噂になっていました。もし今回、良い成績が残せたとなると今後水棲系の管理者の扱いも変わってきたことでしょう。もちろん、地上の管理者達にも水辺の迷宮を任せるという選択肢も出てくるところでしたが……本当に残念でした」
なぜケルーナ様がこの場に居合わせているのか、この話を聞いてわかった。カッサバルド様は僕の活躍をケルーナ様に見せるおつもりだったのだ。カッサバルド様ご自身の出世だけでなく、水棲生物である僕の出世だけでもなく、水棲生物の管理者の評価が改められる機会を作ってくださっていたのだ。そしてその機会を……僕がつぶしてしまったのだ。
魔王様の側近の中でもケルーナ様はかなり発言力のある方だと聞いている。そんな方の目の前で良い結果が残せればどうなったか、想像に難くない。こんな機会を作ってくださったカッサバルド様と、わざわざ足を運んでくださったケルーナ様、さらに多くの水棲生物のみんな、その全てをがっかりさせてしまったのだ。
「ではカッサバルド殿。私はこの辺りで失礼させていただきます」
「おや、もうお帰りか? 二回戦ももうまもなく終わり、これから佳境ですが?」
「お誘いは嬉しいのですが、他にもまだ仕事が残っていますので」
「それなら致し方ない。ではまたの機会に」
ケルーナ様は部屋の出口へと歩いて行く途中、僕の前で一度足を止めた。
「これからも魔王様のための尽力に期待していますよ」
「は、はい! もったいないお言葉……」
「では、またの機会に」
ケルーナ様は最後に優しく微笑み、僕の前を通り過ぎて部屋を出て行った。
「……ルドガー。お前には失望したぞ」
「も、申し訳ありません」
ケルーナ様がいなくなってから少し間を置き、カッサバルド様の威圧感のある声が僕に重くのしかかる。
「これだけのお膳立てをしてやったというのに、初戦すらも突破できないのか。しかも相手はヴィンセントだぞ」
「は、はぁ……」
「今回エントリーした管理者の中では最も保有戦力が低い。全世界全ての迷宮の戦力を数字で表にしたとき、最下位に近いほど下の相手だ。その相手にあれだけの戦力が揃うように手はずを整えてやったというのに……お前に地上の管理者は無理だったか」
「も、申し訳ありません。今回の反省を生かして次は必ずっ!」
「そういうのはいい。お前は水辺の管理者でありそれ以上でもそれ以下でもないということだ」
「い、いえ、このままでは終われません! 次こそは必ず、必ず優勝して見せます!」
こんなところで終わるわけにはいかない。せっかくカッサバルド様にここまでしていただいたのだ。この汚名を返上しなければ気が済まない。
「ルドガー、お前は何もわかっていないのだな」
「……は? わ、わかっていない……とは?」
一つ、カッサバルド様のため息が聞こえた。怒鳴り散らされ、思い切り殴り飛ばされた方がましな精神的重圧。沈黙の時間が怖すぎる。
「次の機会などそうそう簡単にやってくるものではない」
絶望を感じた。次の機会などそうそう簡単にやってくるものではない。それは言い換えれば「お前に次の機会はない」と言っているのと同じだからだ。
「俺はお前を甘やかしすぎたか?」
「……いえ、その……申し訳ありません」
カッサバルド様にここまで育てていただいた。そのカッサバルド様という後ろ盾に僕は頼りすぎていたのかもしれない。与えられる一つ一つの機会全てが与えられて当然だとどこかで思っていたのかもしれない。
今日戦ったヴィンセント。お世辞にも良いモンスターを連れているとは言いがたい。それでも彼は勝った。今日この場で、この機会で必ず良い結果を出すという決意があったのだろう。よくよく考えればモンスターの力量差では圧倒していた。けれども一戦目はスライム族を侮って、二戦目は完全勝利に焦って、失敗した。管理者の能力の差で戦力差を完全にひっくり返されたのだ。それは認めなければならない。
「わかったら出て行け」
「……はい」
今回は僕の完敗だ。僕自身の甘さ、僕自身の至らなさ、それを思い知らされた。今はただ敗北を受け止めよう。いずれこの雪辱を晴らす機会が来る……いや、自分でその機会を作ってみせる。機会は来るのではなく自分で作らなければならない。
僕はカッサバルド様に一礼し、部屋を出て行く。敗北した直後とは打って変わって、不思議と精神状態は安定していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます