第十話 大会

 大会出場者用として一チームに一部屋ずつ準備された控え室。勝利のための戦略を持って、自分の仲間達にそれを告げようとベアトリクスとともに控え室へ入る。

「この不味い水はなんだ! 取れたての天然水を用意するのが普通ではないのか?」

 用意された水に文句を言うスライム族のアルゴリウス七世。

「あぁ……かわいい……」

 太く大きな手や指で器用に石を削って小物を作るゴーレム族のガンテス。

「おっぱいがない……ここは監獄なのか?」

 大好きなおっぱいが見ることも触ることも出来ないことに絶望するコウモリ族のアルデロ。

「無念無想……」

 控え室内の騒がしさを無視して精神統一と瞑想にふける特殊型のスライム族のトリニッチ。

 四者四様。チームとしてのまとまりや結束が微塵も感じられない。

「なんだこりゃ……」

 完璧な作戦が完璧にはまっても勝てないような気がしてきた。考えただけ無駄だったのではないか、情報を手に入れただけ無駄だったのではないか。そう思わせるのには十分だ。

「皆さんすごいです」

 がっくりと力が抜けていく場面を目の当たりにして、隣にいるベアトリクスはなぜか同じ場面を見て賞賛の言葉が飛び出した。

「戦わない私でさえ緊張しているのに、皆さんいつも通りです」

「いや、こいつらに限って言えばいつも通りじゃダメだろ」

 大一番で普段通りの力が出せることは確かに良いことだ。しかし現有戦力が頼りないという現状では、普段以上の力を出してもらわなければならない。普段通りでは物足りないのだ。

「まぁ、考えようによればこれはこれであり……なのか? いや、そんなことはないか」

 いつも通りでいられない自分が少数派だと言うことで一瞬迷った。しかしそもそもおかしいメンバーが多数派だということを思い出し、迷ったことが間違いだと瞬時に思い直すことが出来た。

「うぉーっ! おっぱいが来たぁーっ!」

「きゃっ!」

 ベアトリクスに気がついたアルデロが絶望から一転。希望に満ち溢れて狂喜乱舞する勢いで大きな胸に飛び込んでいった。

「うー……生き返る」

「いつからアンデッド族になったんだ」

 このままでは話が出来ないのでひとまずベアトリクスからアルデロを引きはがす。

「おーい、少しいいか? 始まる前に少し話しておきたいことがある」

 四者四様の状態から視線がこちらに集まる。先ほど初戦の相手であるルドガーに対しての戦略を考えついた。その戦略をみんなに伝え、初戦突破を目指す。

 対戦表通りに滞りなく各チームの戦いが進む。そして自分たちに出番が回ってきた。先ほどより心臓の鼓動が大きくなる。自分が戦うわけではないのだが、自分だけでなく迷宮に所属するみんなの未来に影響があると考えると緊張してしまっているようだ。

「ヴィンセント、行きましょう」

 緊張していることを察しているのか、それとも単にいつも通りの行動なのか。ベアトリクスが手を取り引っ張っていく。控え室を出て廊下を抜けたら、戦いの舞台もう目の前だ。

 無理矢理とはいえ観衆の目にさらされる場所に引きずり出されてしまった。する予定はなかったがもう後戻りは出来ないということを再確認する。それが良かったのか、緊張は継続して心臓に大きな鼓動をさせているが、腹は決まった。

 もう作戦も組み立てた。作戦がはまるかどうかわからないなどという不安を心が一蹴する。目の前に広がる光景をまっすぐ直視することが出来た。

「やってやろうじゃないか」

 無意識に発した一言。それに仲間達が一瞬だけこちらを一瞥することで応じてくれる。これほど彼らを頼もしいと思ったことはない。

 戦いの舞台である正方形の石畳のリングを挟んで相対するのはルドガー。引き連れているモンスターは情報通り。ヴァンパイア、ワーウルフ、リビングアーマーの三体。こちらはスライム、コウモリ、ゴーレム。一目見ただけで勝敗はどちらのものかわかる。全てにおいて差がありすぎる。

 観客からもどよめきが起こっている。圧倒的すぎる戦力差にやる意味があるのか、時間の無駄ではないのか、そういった声がここまで聞こえてくる。

「一番手は任せたぞ」

「ああ、任されたぞ。あるじよ」

 一番手に任命したのはアルゴリウス七世。平凡なスライム族だ。戦闘能力は低い。全ての人間が戦士として生きていくと決めたとき、間違いなく初心者の頃に戦って経験を積む。基本的にその程度の強さだとみられている。その印象は人間だけでなく、魔王側に属する仲間達にとっても共通認識だ。

「やっぱり一番手はリビングアーマーか」

 リビングアーマー。アンデッド族のリビングアーマー型。肉体は持たない点ではゴーレムに近い。彼らは肉体を持たない存在のため、特定の物体に憑依してそれを自らの肉体として動かす。その中で武具や甲冑に憑依した者達を総称してリビングアーマー型と分類されている。

「うー……ドキドキします。勝てるでしょうか」

「いや、勝てないぞ」

「……はい?」

 勝敗の行方が気になるベアトリクス。彼女には悪いが、対リビングアーマー戦は勝利を求めてはいない。

「リビングアーマーは強い。残念ながら勝ち目はない。だからこの勝負は引き分け狙いだ」

「引き分けですか?」

「ああ。ルールで決着がつかない勝負は引き分けになるんだ。だからこの勝負は引き分け狙いだ」

「決着がつかない……のですか?」

「ああ、まぁ見ていればわかる。意外と軽視されがちなリビングアーマーの弱点を突けば弱いスライム族でも引き分けに持ち込める」

 ベアトリクスがリング状に視線を向ける。そこではすでにリビングアーマーとスライムが真っ向から対峙していた。黒光りする大きな甲冑。見るだけで威圧感がある。

 リビングアーマーの体は大きい。おそらくエルドラドがまるまるすっぽり入ってもまだ余裕があるかもしれない。それほど大きな甲冑を肉体に選んでいる。アンデッド族の仲で肉体を持たない者達が何かに憑依するとき、自分の力が弱ければ大きなものは動かせない。あれほど大きな甲冑を動かせるとなると相当の力の持ち主だと考えて良いだろう。

「うぅー……」

 ベアトリクスが不機嫌そうな表情を見せる。いつも明るい彼女がこんな表情を見せるのは珍しい。

「どうかしたのか?」

「観客の皆さんが見ようとしていません」

 観客は勝敗を見なくても結果は明らかだと思っているのだろう。席を立って休息したり、これから先の観戦のために飲食物を買いに行ったり、完全に勝負を見ることに興味をなくしている。

「それでいいんだよ」

「なぜですか?」

「三戦やって、一勝一敗一分けになると判定になる。その時に評価が高いのは戦力が低かった方だ。観客が無視するくらいがちょうど良い。判定の時にこっちの追い風になる」

 狙うは一勝一敗一分け。普通に戦って勝つのは無理だと判断したからこそ、判定になればまず間違いなく勝てる戦力差を生かして引き分けに持ち込む。

「あ、始まります。頑張ってください!」

 試合開始の直前にベアトリクスが声援を送る。その声援が合図となったかのように、試合開始のアナウンスが会場全体に響く。

 試合開始のアナウンスの直後。巨大な甲冑が驚くほど早く動き出した。大きな体を動かすには大きな力が必要だが、大きな体を持つと当然体重も増える。よって動きはどうしても細やかさを失ってしまいがちだ。

 しかしリビングアーマーは違う。どれだけ大きな力を得ても体重は変わらない。力があればあるほど大きな体でも十分動かすことが出来る。そして一番やっかいなのが、大きな力を持っている者が力の割に小さな体に憑依しているとき。その余った力は当然、速度に生かされる。

「やっかいなパターンかっ!」

 無意識に言葉が出てしまった。大きな甲冑の割に動きが速すぎる。アルゴリウス七世では到底太刀打ちできる速度ではない。それどころか巨大な甲冑の一撃を食らってしまえば、スライムの体など簡単に四散してしまう。

 スライムはその体の性質上、物理攻撃に対してある程度耐性がある。形状を変化させてしのいだり、体を二つ以上に分裂させてくっついたりすればある程度は耐えられる。しかし存在そのものを完全に粉々に粉砕するような高い攻撃力には耐えられない。最悪、戦死すら覚悟しなければならないのだ。

 リビングアーマーは一息でアルゴリウス七世を攻撃範囲内に捉えると、思い切り高々と甲冑の拳を振り上げる。そして間髪入れずにその拳は振り下ろされる。

「きゃっ……」

 衝撃が地面を伝ってくる。石畳のリングはリビングアーマーの拳をたたき込まれて周囲にひびが入っている。そして拳が振り下ろされた場所に、アルゴリウス七世の姿はなかった。

 スライムは跡形無なく四散し、リビングアーマーが一撃で勝った。リングの上にはそれが事実として存在していた。対面にいるルドガーは表情一つ変えずに戦いを見ている。まるでこの結果ははじめから決まっていて、感情の変化を必要とするほどのものではないといわんばかりだ。

「えー……ただいまの勝負は……」

 アナウンスがリビングアーマーの勝利を告げようとした、まさにその時だった。

「待たぬかっ! 戦いはまだ終わってはいないぞっ!」

 アルゴリウス七世の声が響き渡った。興味をなくしていた観客達にも聞こえたのか、会場全体がざわざわと動揺し始める。

 リングの上に立っているのはリビングアーマーのみ。しかし確かにアルゴリウス七世は生きたままその声を発していた。リビングアーマーの空っぽの甲冑の内部から。

「ふははははっ! さすがは俺のあるじだ!」

 アルゴリウス七世はなんとか指示通りにリビングアーマーの内部に侵入することが出来たようだ。それを知って安堵の息が無意識のうちに漏れる。

「中?」

 ベアトリクスが首をかしげている。どうやら状況が今ひとつ理解できていないようだ。

「甲冑はそれを着用する者がいる前提で作られているんだ。だから甲冑の可動域の性質上、甲冑は甲冑の内部を攻撃できるようには基本的には設計されていない」

 外敵から身を守り、外敵を倒すために用いられる。甲冑内部を安全地帯とするために重量が増えても鉄などを惜しみなく使う。内部に手は入っても、内部を隅々まで簡単に触れるほど機能性に富んでいない。その甲冑そのものが肉体となっているリビングアーマーにとって、自分の肉体の内部は攻撃することが出来ない絶対安全地帯なのだ。

「だから甲冑の内部にいれば敵の攻撃が当たらない。アルゴリウス七世の攻撃ではリビングアーマーは倒せないが、これで倒される心配もなくなったわけだ。あとは適当に時間が過ぎるのを待てば千日手になって審判が引き分けを宣言するはず……」

 ベアトリクスに説明していると、リングから破壊音が聞こえてきた。

「な、なんだ?」

 何が起こったのか確認するために視線をリングに向けた。するとそこでは、甲冑の足の一部を破壊して中をまさぐっているリビングアーマーの姿があった。

「引きずり出ず気か?」

 甲冑の内部に隠れているアルゴリウス七世を外に引きずり出せば、再びリビングアーマーが有利な状況となる。引きずり出されれば危険だとわかっているが打つ手はない。形状のない体を生かしてなんとか逃げ切るしか道はない。

「ウィルケン! 早くそのスライムを引きずり出して始末しろ!」

 ルドガーの声に応えるようにウィルケンという名のリビングアーマーは自らの体の中を探り続ける。しかしなかなかアルゴリウス七世を引きずり出せない。破壊した足の一部からでは形状を持たないスライムの体に触れることが出来ないようだ。

 二度目の破壊音。今度は腹部に穴が開く。そして中に手を入れる。しかしスライムを捕まえて引きずり出すことが出来ない。そして三度目の破壊音。逆の足に穴を開ける。それでもスライムは捕まらない。思い通りに行かないことで徐々にいらだちが見え始める。自らの体を破壊しては体の中に手を突っ込み、捕まえられなければまた別の場所を破壊して体の中に手を入れる。

 ついにアルゴリウス七世の体は甲冑の手に捕まってしまう。一気に体の外に引きずり出されて、石畳のリングにベチャッと叩きつけられた。

「うぉ……荒っぽすぎるではないか……」

 リビングアーマーの体内で逃げ回っていただけなので体力の消耗はない。しかし甲冑の内部という安全地帯に身を潜めることが出来なくなってしまった。安全地帯を失ったアルゴリウス七世に残された道はもう戦うしかない。

「こうなれば玉砕覚悟! 俺のタックルをその身に受けよ!」

 液状球体がぽよぽよと動いてリビングアーマーに接近する。そして勢いよく跳ねて黒光りする甲冑に体当たりをした。

「ぬぅっ! 全く通じぬかっ!」

 スライムの攻撃力などたいしたことはない。甲冑のダメージらしいダメージを与えることなど出来るはずがない。

 アルゴリウス七世の攻撃が通じないとわかったリビングアーマーのウィルケンは再び拳を勢いよく振り上げる。タックルが不発に終わり目の前に着地したところを狙い、一撃で勝負を決める気のようだ。

 一瞬の意外性はあったが勝敗は変わらない。誰もがそう思った瞬間、再び破壊音が聞こえた。しかもその破壊音とともに甲冑の肉体は崩れ落ち、石畳のリングの上に倒れ込んでしまった。

「こ、これは……俺のタックルの威力を思い知ったか! 俺の勝ちだ!」

 アルゴリウス七世のタックルを受けて倒れた……わけではない。体内に入り込んだアルゴリウス七世を引きずり出すために体の各所を破壊した。その破壊によって耐久力と安定感とバランス性能が崩壊したのだ。そして耐久力やバランスを失った甲冑は拳を振り上げた不安定な体勢で立っていることが出来なくなり、破壊音とともに石畳のリングの上に崩れ落ちたのだった。

「勝者はアルゴリウス七世!」

「うおぉーっ! 俺の実力を思い知ったか!」

 審判の判断が下され、アルゴリウス七世は奇跡的な勝利を収めることとなった。

 観客の動揺に包まれながら、アルゴリウス七世は仲間達の元に返ってきた。意気揚々と体をぷよぷよと弾ませている。かなりご機嫌のようだ。

「すごいです。勝ってしまいました」

「ああ、想定外の勝利だ」

 アルゴリウス七世の勝利は嬉しい誤算だ。その誤算が生まれたのは彼の愛すべきバカな性格もあってのことだ。リビングアーマーの体が崩れ落ちた瞬間の勝利宣言。あれが決めてとなって審判は勝敗を決した。

 だがリビングアーマーはそもそも肉体を持たない。甲冑が破損して立っていられず崩れ落ちたところで、形状として稼働が可能な部分が残っていれば十分戦闘続行は可能だ。稼働できない部分を放棄して、稼働可能な部分を再び動かせば良いのだから。

 しかし自分で自分の体を破壊するように持って行き、とどめにタックルをたたき込み、崩れ落ちると同時の勝利宣言。戦略、状況、タイミング、それらが全て偶然の一致を見せたことで審判の判断を決定づけた。

「あるじよ。これは臨時ボーナスを期待してもいいだろう」

「契約条項に臨時ボーナスは入っていないぞ」

「な、なんだと……」

 奇跡的な勝利を収めたというのに、アルゴリウス七世には落胆の色が見えるのだった。

「さて、次はガンテスだ。頼んだぞ」

「……わかった」

 引き分け狙いのところを一勝できたのは大きい。しかし残りの二戦を二敗してしまうと意味がない。トリニッチが来るまでは所属モンスター中最強だったゴーレム族のガンテスの勝敗が運命を左右する。

「カーリィ! 必ず勝利してこい! いいな!」

「ああ、アタシに任せなってんだ」

 ルドガーが次に送り出したのは獣人族のワーウルフ型の女で、名前はカーリィというらしい。綺麗な白い毛が体のほとんどを覆っているが、鋭い爪や野性的な目は白い毛には覆われていない。

「獣人族のワーウルフ型はスピードや瞬発力に長けている。速さじゃ全く勝負にならないが、スピードや瞬発力に特化した種族だ。耐久力はあまり高くない。ゴーレムの攻撃力なら一撃当てられれば勝機は見える」

 そうは言っても勝率がそこまで高くないことは十分わかっている。どれだけ攻撃力があっても当たらなければ意味がない。その当たらない状態をあいては作り出すことが出来るのだ。

「ガンテス……頼んだぞ」

 リングの上でワーウルフのカーリィと向かい合うガンテス。体格だけを見ればガンテスの方が力強そうに見える。その見た目通りすんなりいってくれればいいのだが、さすがにそううまくは行かないだろう。

 会場は先ほどまで試合に興味がなかった観客達がちゃんと席に座って試合を見ている。先ほどの戦いで予想外の展開と結果になったことで、観客達には次の試合も何が起こるのかわからないという期待感があるのが見て取れる。

 試合開始のアナウンスが響き、戦いが始まる。先ほどは一気に決着をつけようと仕掛けてきたが、今回は戦いが始まっても相手に動きが見られない。

「あんた、動かないのかい?」

「……」

「黙りかい? 愛想がないねぇ」

 ワーウルフのカーリィには余裕があるように見える。すでに自分がどう動けば勝てるかという算段がついているのだろう。

「動かないで黙り。なら負けていることだし、こっちから動こうかねぇ」

 カーリィが四つん這いの姿勢になる。手足を曲げ、四肢を地面につけた。そして目は相変わらず獲物を狙う様にまっすぐガンテスを見ている。

 一瞬の静寂の後、カーリィは四肢で地面を蹴って駆け出す。一瞬でガンテスとの距離を詰めると地面を蹴って飛びかかり、鋭い爪は岩石で出来た左腕を一閃。対応しようとしたガンテスだったが、全く対応することが出来ずに一撃をもらってしまった。

 ガンテスの左腕をひっかいた鋭い爪の後が刻まれる。爪でひっかきながら駆け抜けたカーリィはガンテスの背後で即座に身を翻し、今度は背後から襲いかかる。

「あぁ、ダメです。見ているだけで痛そうです」

 飛びかかって一撃をたたき込みながら駆け抜ける。身を翻してまた一撃を入れて駆け抜ける。ガンテスが対応するような動きを見せたら距離を取って側面や背後に回り込んでまた一撃。それの繰り返しだ。

 スピードに特化した一撃離脱の戦術で徐々にガンテスの体には傷が増えていく。腕、体、足には爪の後がくっきりと何十もの傷跡となっている。そしてその傷は積み重なると徐々に深くなり、ガンテスの体は徐々に歪な形状となっていく。

 先ほどの戦いでリビングアーマーのウィルケンが損傷度合いから、自力での直立の状態を維持できなくなって崩れ落ちた。それと同じことが今度はガンテスに起こった。岩石で出来た体は徐々に削られ、脚部が体を支えることが出来なくなって崩れ落ちてしまった。

「うぅ、せっかく直ったばかりなのに……」

 復活したばかりでまた大きな損傷。ベアトリクスが哀しそうな表情をしている。

「ほら、どうしたんだい? もう終わりかい?」

 ガンテスが石畳のリングに崩れ落ちるが、カーリィは全くの無傷のまま。彼女は崩れ落ちたガンテスの周囲を回り、今度は接近して連打をたたき込んでくる。これによりガンテスは左腕が胴体から外れてしまい、足も直立不能なレベルで損傷を負ってしまった。

「張り合いがないねぇ」

 崩れ落ちたゴーレムの胸の上に立つカーリィに反撃することも出来ないのか、ガンテスは仰向けに倒れたまま動きがない。

「カーリィ! ゴーレムの核をえぐり出してやれ!」

 思わぬ敗北を喫したことでルドガーは少々攻撃的になっているようだ。カーリィにゴーレムの心臓ともいえる核をえぐり出せという命令。完全に戦死状態にしてしまえという命令と同じだ。

「はいはい、うちの大将はご機嫌斜めのようだねぇ。悪く思わないでくれよ」

 カーリィはガンテスの胸の上に立ったまま、両手で素早く連打を繰り出す。ガンテスの胸部が砕けてひび割れて、徐々に削り取られていくように胸部がへこんでいく。

「一気に行くよ!」

 カーリィは勢いよく鋭い爪を突き刺すようにガンテスの胸にその腕を突き刺した。体から核をえぐり出すためだ。だがそう簡単に核の場所を当てることはできない。

 ゴーレムにとって核は心臓だけでなく脳の役目も負っている。核が傷つけばそれだけで一大事なのだ。そんな重要な部分を簡単にどこにあるか知られるようには出来ていない。基本的には腹部、胸部、頭部のどこかになる。

 その中で胸部に当たりをつけたカーリィだったが、どうやら外れだったようだ。ならば次は腹部か頭部か、そう思って胸部から腕を引き抜こうとする。しかし腕がガンテスの体にはまったまま抜けない。

「な、なんだい? いったいどうなって……」

 無理矢理、力尽くで引き抜こうとするが抜けない。そこで今まで沈黙を保っていたガンテスがようやく動き出した。仰向けに倒れたまま、自らの右腕を高々と掲げる。

「ぬ、抜けない! どうして……」

 そして自らの胸部で動けなくなっているカーリィを狙い、自らの胸部に思い切り右拳を叩きつけた。

 腕が抜けなかったカーリィに、ガンテスの一撃が完璧にたたき込まれた。それと同時にガンテスの胸部にはひびが入ってカーリィの腕はようやく抜けたのだが、その手には灰色の大きな塊にすっぽりと入り込んでしまっていた。

「これは……いったいなんだい?」

 灰色の塊は重い。ガンテスの体からよろよろと石畳のリングに降りたカーリィ。しかし灰色の塊が重すぎて、体へのダメージが大きすぎて、腕を引きずるようによろよろと動くのが精一杯だった。

「……建築素材……特殊な粘土だ……」

「ね、粘土?」

 魔力が流れることで形状が固定化される建築素材。核を狙ってくるやつはまず間違いなく腹部か胸部か頭部のどこかを狙ってくる。全滅したときの被害の修復時、その三カ所を建築素材の粘土で構成した。そしてその粘土に敵の手がはまったとき、核から魔力を流して形状を固定化。相手の腕に完全にくっついた状態で重りとすることが出来るという作戦だった。岩石などを体の主成分とするゴーレムで、修復時に部分カスタマイズが可能だという特性があるからこそ出来る芸当だ。

 動きが遅くなったワーウルフなどもはや脅威ではない。ガンテスはなんとか動く右腕で体勢を変え、カーリィに右手が届く場所で腕を振り上げる。

「ははっ……油断したねぇ……」

 ガンテスの一撃でカーリィが石畳のリングに沈む。ガンテスは満身創痍だが行動はかろうじて可能。一方、カーリィは戦闘不能。勝敗は決した。

「勝者はガンテス!」

 観客から完成が巻き起こる。またしても格下が格上を倒す波乱。しかもこれで二勝。価値上がりを決めたのだ。この結果に会場のボルテージは今までの最高潮に達する。

「や、やりました! ヴィンセント! やりました!」

「わかったって。だからあまり暴れるな。外套がめくれる」

「あ、すみません。つい……」

 抱きついてきて喜び跳びはねるベアトリクスをなんとか落ち着かせる。ひとまず目標の一回戦突破はなった。これで最低額とはいえ賞金が手に入ることは確実となった。内心はここ最近で一番の歓喜に満ち溢れている。

「ひとまずガンテスは治療室行きだな」

「また素材を買うのですか?」

「いや、大会中の負傷はある程度大会主催者側が補助をしてくれるんだ。ゴーレムは素材を提供してくれて修復はしてくれる」

「じゃあ元通りですか?」

「いや、さすがに最低レベルの素材は用意されない。こういう大会を開催するにはかなり金がないと出来ないからな。その当たりの準備にも金をかけるのが普通だ。用意されている素材は標準レベル以上の素材で、高級な素材を用いていたゴーレムならマイナスだけど、最低レベルの素材や建築素材で代用していたガンテスだったら実は強化になるんだ」

 今回の一番のポイントはガンテス。一勝一敗一分け狙いでの一勝の役目はガンテスだった。ゴーレム族としての攻撃力を生かすために、わざと体がボロボロになる状態、もしくは相手に核を狙われる状態になる。そこで建築素材を生かして相手の動きを封じ、高い攻撃力で一気に勝つ。そして試合終了後は大会主催者側が用意した元よりも優れた素材で修復してもらって万々歳。それが計画通りにいったのだ。

 アルゴリウス七世の予想外の勝利、ガンテスの想定通りの勝利。言うことは何もない。最上の結果だ。

「よし、じゃあ二回戦の準備を……」

「待てっ!」

 すでに勝利は確定した。第三戦はする必要がないのに、アルデロがなにやら闘志に満ち溢れている。第三戦をやる気のようだ。

「アルデロ、第三戦はしなくていいんだぞ」

「そういうわけにはいかないな」

 戦いは終わった。しかしアルデロには何か思うところがあるようだ。

「あっ、そうです。第三戦の相手は確かヴァンパイア族です」

「ヴァンパイア族、か。コウモリ族は基本的にヴァンパイア族を上位とした主従関係にあるな」

 下克上でも考えているのか。コウモリ族のアルデロ。彼の普段の様子からは考えられない、鬼気迫る雰囲気があった。

「俺はやらなければならない。この戦いだけは避けることが出来ない」

 アルデロの様子を見て思った。もしかして過去に、対戦相手のヴァンパイアと何かあったのか。因縁のようなものがある相手なのか。そう思って対戦相手のヴァンパイアに視線を向けた。

 自分と同じようにほとんど人間にしか見えない外見を持つヴァンパイア。その姿は黒いドレスが似合う高貴で美しい女だった。美しい顔立ちとともに、胸元からこぼれ落ちそうな巨乳に目が行く。

「第三戦! 開始じゃーっ!」

 アルデロはアナウンスも何もないのに飛び立ち、一直線に敵チームのヴァンパイアめがけて……いや、ヴァンパイアの巨乳めがけて突撃していった。

「うるさいぞ」

 胸に突撃したアルデロを平手打ちであっさりと地面にたたき落とした。ヴァンパイア族はただでさえ種族単体の能力が高く強い。さらにコウモリ族の上位となる存在。アルデロに勝ち目など最初からないどころか、戦いにすらならないのははじめからわかっていた。

「一勝一敗一分け狙いの一敗は第三戦だったからな」

 ヴァンパイアにアルデロを当ててさっさと負ける。公式の試合ではない、しかもアルデロの暴走により始まった非公式の第三戦はもう終わったってしまった。

「まったく、相手に謝りに行くついでにアルデロを回収しなきゃ……」

 ため息を漏らして相手チームのヴァンパイアに視線を戻したとき、そこに女ヴァンパイアはいなかった。

「あれ? どこに……」

「妾はここじゃ」

「え?」

 背後から声がした。振り返るとそこには手にアルデロを持った黒いドレスの女、相手チームのヴァンパイアが立っていた。

「い、いつの間に……」

「おや? 知らぬのか? 影を通ってきたのじゃ。我らヴァンパイア族ではごく当たり前の移動手段なのじゃが、そなたが知らぬとは意外じゃのぅ」

 ヴァンパイアは手に持ったアルデロを投げてよこす。

「そなたがヴィンセントか? なるほど、初めて見たが……悪くないのぅ」

「どういうことだ?」

 こちらはこの女ヴァンパイアのことなど何も知らない。しかし向こうはそうではなさそうだ。

「妾はリーシュリー。とある老ヴァンパイアと知り合いでのぅ。そなたの話は良く聞いておるぞ」

「老……ヴァンパイア」

 リーシュリーの言った老ヴァンパイアに心当たりがあった。

 魔王の血族であり遠縁。当然生まれたときからの扱いは一般とは違う。魔王の血族の幼少期はだいたい優秀なモンスターが守り役として付き添うことになる。そしてその時に自分の守り役を任命されたのは白髪と白い髭が特徴的なヴァンパイア族。幼少期から迷宮の管理者となるための管理権限を得るまで、ずっと支えてくれた恩人であり先生でもある。家族同然の存在だ。

 しかし迷宮の管理者となれば家族同然であっても給与の支払いが必要となる。ヴァンパイア族は種族としても高位。給与額も生半可な額では済まない。それにいつまでも付き添っていると成長の妨げになる。独り立ちという意味も込め、管理者となったときに守り役の任務を解くことになったのだ。

「知り合い……なのか?」

「妾の親と仲が良くてのぅ。必然的に妾ともよく話す機会があったのじゃ」

「そうなのか。元気にしているか?」

「悪い知らせは聞いておらぬな」

「そうか、それはよかった」

 長い間恩人だった彼の顔が思い出される。優しい顔だった。元気でいてくれているだけで嬉しかった。

「よく言っておった。ヴィンセントは優秀だと、な。将来は魔王様直属の大幹部になれるとも言っておった」

「言い過ぎだろ」

「妾もそう思っておった。だが今日そなたとそなたの戦いを見て、あながち嘘でもないようじゃのぅ」

「買いかぶりすぎだよ」

「どこまで出世するかは知らぬが、今の地位が相応とは思わぬ。そうでなければこうしてわざわざ話しになど来ぬよ」

 リーシュリーが小さく、微笑んだ。

「出世して給与が支払えるようになったら……妾にも声をかけよ。面白そうじゃ」

「何年かかるかわからないぞ?」

「ふふっ、やる気はあるようで何より。ヴァンパイア族は長命じゃ。気長に待っておるぞ」

 そう言うとリーシュリーは勝手に話を切り上げて、影に沈んでいくようにして姿を消した。瞬く間にリングを挟んだ対面にいるルドガーの傍らに彼女は姿を現していた。

 ルドガーが敗北を受け入れられないのか、硬直して動かないのを横から小突いたりして遊び始めた。リーシュリーは割とマイペースな性格のようだ。

「ヴァンパイア族と契約できるようになったら、か。先の長い話だ」

 そう、先の長い話である。いつかは到達する目標の通過点の一つ。今のことで頭がいっぱいになっていた自分が、かつて掲げた目標をリーシュリーとの雑談で思い出せた。決意を新たに、今は出来ることをしようと自分に言い聞かせる。

 ひとまず一回戦突破で満足せず、出来ることなら二回戦も三回戦も突破したい。遠い目標に少しでも近づくために、今の自分が挑むことが出来る全てのことに挑戦する。

 しかしそう簡単に結果は得られない。一回戦で奇策を用いて勝ちに行く戦術がばれてしまったため、二回戦ではトリニッチの一勝はあったものの残りを二敗。二回戦敗退という結果で今大会での挑戦は終わることになった。

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