第九話 情報屋

 大会会場に到着しました。戦いに赴く皆さんは選手控え室へと先に向かいました。私は目立たない場所に設置してあるベンチに腰掛けて、ヴィンセントが帰ってくるまで言われたとおり静かに大人しく待っています。

 普段とは違う動きにくいこともあって休息できるのは気が楽です。翼を隠すために動きにくい厚手の外套を着用しています。だから疲れたので座っていると体が楽でした。

 でも心まで楽かと言われればそうではありません。目立たないところにいるので距離はありますが、周りは魔王の配下となっているモンスターだらけ。もし私が天使族だということが知られてしまうと大変なことになってしまう可能性があるそうです。

 ヴィンセントに迷惑はかけられないので、言われたとおり目立たないように静かに待っています。ヴィンセントが帰ってくるまで加配を殺すように静かに、待ちます。

「……ベアトリクスか?」

 名前を呼ばれて、ヴィンセントが帰ってきたのかと思いました。ですが私を呼んだのはヴィンセントとは似ても似つかない方でした。

「あなたは?」

「俺はドラゴニュート族のエルドルド。そう警戒するなよ。ヴィンセントとはガキの頃からの付き合いだ。安心してくれ。俺はあんたにもヴィンセントにも危害を加える気はない」

 エルドルド、そう名乗った彼。濃い赤色の鱗で覆われた小型のドラゴンのような顔が少し笑う。鋭い爪が特徴的な両手を挙げて敵意がないことを態度で示す。

「ヴィンセントに用ですか?」

「ああ。でも会場に着いたら上司に挨拶に行かなきゃならないってことでな。すれ違いも面倒だから待ち合わせ場所を決めて、そこにあんたがいるから一緒に帰ってくるまで待っていて欲しいって言われたんでな。初対面で悪いけど一緒に待たせてもらうぞ」

 ヴィンセントの知り合いというのは本当のようです。私はベンチの腰掛けたままでは悪いと思い立ち上がりました。

 エルドラドはとても体が大きくて、私は立っても彼を見上げていました。その体格差がより彼の言っていることが正しいと感じさせてくれます。なぜなら彼が私に危害を加えるのはとても簡単なことだからです。

「座っていてくれ。あいつがいつ帰ってくるかわからないからな」

「それでしたら一緒に座りましょう」

 私はベンチの隅に寄って、エルドラドが座れるスペースを空けて腰掛けます。

「あんたが良いって言うなら座らせてもらうぜ」

 エルドラドは少し間を置いてベンチに腰掛けます。初対面だからでしょうか。最初こそ距離を一気に詰めて話しかけてきたエルドラドですが、ベンチに座ってからは何も話さず沈黙したままでした。

 初対面で彼は気を遣っていたのかもしれません。エルドラドに話すことがないなら、私から話しかめましょう。静寂は嫌いではありませんが、沈黙は好きではありません。

「エルドラドは何のお仕事をしているのですか?」

 いきなりの私の問いに一瞬だけ彼は固まりました。話しかけてきたことに驚いたようです。せっかく隣にいて、全くの見ず知らずではないのです。ヴィンセントを介して挨拶をしたのですから、話さないのはもったいないでしょう。

「俺の仕事か? そうだな。まぁ、一言で言うなら『情報屋』だな」

「情報屋ですか?」

 初めて聞く仕事の名称でした。きっと今の私はきょとんとして首をかしげながら聞き返しているのでしょう。

「情報屋はその名の通り情報を売るのが仕事だ。日夜方々に張り巡らせた情報網から情報を集めて、情報をほしがっている相手に売るんだよ」

「そんなお仕事があったんですね。知りませんでした」

 初めて聞く仕事に私は少し興奮と興味を持ちました。好奇心が刺激されているのがよくわかります。

「基本裏方の仕事だからな。でも情報は大事だ。情報一つで大事が起こったり、大変なことがあっという間に片付いたり、時にはどんなすごい武器や魔法よりも役に立つんだ」

「すごいですね。私は情報を売るなんて考えたこともありませんでした」

 情報という形のないもので商売をする。それが想像できませんでした。

「俺たちの仕事はただ情報を売るだけじゃないぜ」

「違うのですが?」

「情報屋の仕事って言うのは、情報網から手に入れた情報をほしがっている客に売るのが一番の収入源だ。でもそれ以外にたくさん仕事がある。たとえば人間の町に情報を流して迷宮に人が集まりやすくする。つまり宣伝のような役目も俺たちの仕事だ」

 人間相手に情報を流す役目があるということはなんとなく聞いたことがありました。ですが実際にどう仕事をしているかはまるでわかりませんでした。

「人間に情報を流すのですか?」

「ああ、でも直接言いに行ったりはしないからな」

 人間に直接エルドラドが話しかけるシーンを想像する。違和感だらけでした。人間が大人しく彼の話を聞くとは思えません。

「情報ってのは人間にも必要なんだ。そして向こうにも情報屋がいる。俺も宗田氏人間の情報屋もそうなんだが、情報を仕入れやすいポイントってのがあるんだ」

「情報を仕入れやすいポイントですか?」

「ああ。俺たちが人間の情報を手に入れるとき、どうすると思う?」

「どうと言われましても……」

 いきなりの質問に私はすぐに答えることが出来ません。けれどもなんとか考えて答えを出そうとしていると、彼は少し間を置いて教えてくれました。

「人間と接点のある奴らに接触するんだよ」

「接点?」

 人間との接点と言われて良い記憶はありません。人間の全員が全員私を捕まえたような人たちではないとは思いますが、敵対関係にある魔王側の人たちと接点と言われてもよくわかりません。

「人間は全て人間だけで成り立っているわけじゃないんだぜ。特殊な武器の製造や素材の加工には人間では手が出せない部分がある。そういったところをドワーフ族やエルフ族に依頼して仕上げてもらうんだ。他にも特殊な素材や稀少な薬剤なんかもドワーフ族やエルフ族から買ったりする。そしてドワーフ族やエルフ族はヴィンセントのような迷宮の管理者とも取引をしている。つまりいろんな情報がそこに集まっていてもおかしくない構造が出来ているんだ」

「そうだったのですか。知りませんでした」

「まぁ、普通に生きているだけなら知らなくても問題ないことだからな」

 ドワーフ族やエルフ族の話は聞いたことがありましたが、このような構造があると言うことは初耳でした。

「おれで俺たちは流して欲しい情報をドワーフ族やエルフ族に伝えて広めてもらう。もちろん対価は支払わなきゃならない。仕事だからな。他にもヴィンセントのように見た目が人間と変わらないようなやつが人里に入り込んで探ったりすることもあるし、情報の内容次第じゃハーピー族みたいに飛べる種族に空から偵察してもらうってこともある。まぁ情報についてはやり方も扱い方も様々ってことだな」

 まるで学校の先生と生徒のようです。教えてもらうことの全てが初耳で新鮮でした。

「それで俺は今日、こうして頼まれた情報を持ってきたわけだ」

 エルドラドは懐から紙の束を取り出しました。ヴィンセントが依頼した情報なのでしょう。

 今まで仕事と言えば自分の手で何かをすることだけだと思っていましたが、こんな仕事もあると初めて知って自分の世界が広がった気がします。

 ちょうどそのときです。エルドラドの抗議が一区切り着いたところでヴィンセントが帰ってきました。

「なんだ? もう打ち解けたのか?」

「情報屋って仕事についてちょっとレクチャーしていただけだよ」

 エルドラドは立ち上がると持ってきた紙の束をヴィンセントに差し出します。ヴィンセントは間髪入れずに受け取るとすぐに紙の束に目を向けます。

「頼まれた情報はそれで全部だ。急な依頼、しかも時間もないから急げって言われて大慌てで用意したんだぜ。ガキの頃からの仲じゃなけりゃ特別料金を請求するところだ」

「悪かったよ。でもどうしても必要だったんだ」

 紙の束を一枚一枚めくって情報を確認していく。そしてある一枚でヴィンセントの手が止まりました。

「これだな」

「ん? ああ、ルドガーに関しての調査報告書か。それが最重要なのか?」

「ああ、初戦の相手がこいつなんだ。対戦表が先にわかっていたらそいつだけピックアップして頼んだんだが、わからなかったからひとまずエントリーしたのが誰かとその全員の調査を依頼したんだ」

「なるほど。つまり今日はその束のごく一部しか使わないってことか」

「そうだな」

 エルドラドは得に何も言いませんでしたが、一つだけ大きなため息を漏らしました。

「このルドガーってやつ、カッサバルド様の推薦で管理権限を?」

「表面上は実力を評価してってことになっているけどな」

「そうなると地上戦のためのモンスターの準備も抜かりないだろうな」

「まぁ、上司に気に入られているならサポートも受けやすいからな」

 ヴィンセントは次の紙に視線を移してまた動きが止まりました。何かを考えているようですが私にはよくわかりません。

「ルドガーが最近契約した目立つモンスターはこの三体で間違いないのか?」

「ああ、ここ最近だ。しかも雇用契約ではなく、他の迷宮からの期限付きのレンタル移籍って手法だ」

「じゃあこの大会とそれ以降の直近で何かを計画しているってことか。そうなると今日出てくる相手もこの三体だな」

 ヴィンセントはうなりながら紙とにらめっこをしています。しばらく会話が途切れていたので私は会話の仲で疑問に思ったことを聞いてみました。

「レンタル移籍ってなんですか?」

 考え事をしながらうなっているヴィンセントに代わってエルドラドがまた先生のように答えてくれました。

「モンスターってのはみんな管理者と雇用契約をして特定の迷宮に属して人間と戦っているんだ。でも自分の経営する迷宮のモンスターをもっと強くしたい、もしくは契約が切れてあいた枠を埋めたいってなると、他所の迷宮からモンスターを譲り受けるってのが一番手っ取り早い。その際に譲ってもらう側は譲る側に移籍金を支払わなければならないんだ。これは元いた迷宮でどれだけそのモンスターが重要な役割だったか、どれだけの実力があってどれだけの実績を残したか、または有能な種族なのかどうか、そういったことを見て総合的に値段が判断される。その移籍金とモンスターの交渉が双方の管理者と当のモンスターが納得すれば、モンスターは所属する迷宮がわかる。これが通常の移籍だ」

「はい……たぶんわかったかと思います」

 いきなりたくさんの情報が飛び込んできたためはっきりとわかったかは自信がありませんでした。

「それでレンタル移籍っていうのは所属は変えないまま他の迷宮で戦うことをいう。その際に管理者同士の交渉で給料を何割払うだとか、レンタル代をいくら支払うだとか、期限は決めたけど延長が可能かどうか、迷宮に出る日数や時間もどうするか、戦死した場合や重傷を負った場合はどうするかなどの取り決めがある。所属は元の迷宮のまま他の迷宮で戦うんだからな。事細かな取り決めが多い」

「えっと……」

 頭に飛び込んできた情報を少しずつ理解して、なんとなく理解できた気がしました。

「つまり、借りたら返すのがレンタル移籍、買って自分のものにするのが通常の移籍ってことですか?」

「おぉ、そうそう。まぁそんな感じだよ」

 エルドラドは私がだいたいのことを理解できたことが嬉しそうです。先生が生徒を教えて成果が出たときも嬉しいと思います。だからそんな気分なのでしょう。

「やりました。ヴィンセント、褒めてもらいましたよ」

「いや、褒めてはないだろ」

 私は嬉しかったのですが、ヴィンセントはあまり嬉しくはなさそうです。目の前のことで忙しいからでしょうか。

「リビングアーマー、ワーウルフ、ヴァンパイア……か」

「強敵揃いだな。正直、お前の戦力じゃ勝ち目はないぞ」

「ああ、俺もそう思う」

 対戦相手が強いことにヴィンセントの表情が曇っています。なんとか勇気づけられないでしょうか。

「ヴィンセント! 弱気はいけません!」

「いや、強気でいっても戦力差は変わらねぇだろ」

「ですがやる前から負けていてはダメです! 勝てると信じましょう!」

「いや、負けるつもりはないし、勝つことを信じるんじゃなくて勝つんだよ」

「……え?」

 励まそうとしたのですが、うまくいったのかどうかよくわかりません。弱気じゃなかったのでしょうか。

「難しい戦いだな。相手がどの順番でこの三体を出してくるか……」

 ヴィンセントはまた紙をめくって情報に目を通していきます。私と会話はあってもさっきから全く視線を合わせてくれません。少し寂しいです。

「ルドガーはカッサバルド様のお気に入り。推薦をもらえるほど優秀ではあるけれど、その背景には自分が見つけ出して育てたという考えがあるから。そう考えるとルドガーの性格や考えよりも、こういった選択肢は上司の性格に似た傾向になるかもしれないな」

 ヴィンセントが眉間にしわを寄せて考え込んでいます。私には何も出来ないのでしょうか。ヴィンセントの役に立ちたいと思っているのですが、なかなかうまくいきません。

「豪腕、自己主張が強い、高圧的な面がある、魔王様への厚い忠誠心、負けず嫌い……」

「そんなこと考えてわかるものなのか?」

 どうやら長い付き合いのエルドラドさんでも、今のヴィンセントが何を考えているかわからないようです。ちょっとだけ安心しました。

「……なぁ、俺が特殊型のスライム族のトリニッチと契約してすぐに移籍市場に出したのは知っているよな」

「ああ、知っているぞ」

「俺は言ったか?」

「いや、聞いていない。そこは情報網で耳にした」

「じゃあトリニッチを除いて、俺の現有戦力で一番強いのは?」

「ゴーレム族のあいつだろ。名前は忘れた」

「これも情報で?」

「ああ、把握している」

「……そうか。じゃあ、ルドガーのやつも今頃確認して知っているか、全く眼中にないと無視しているかのどちらかだな」

 ヴィンセントが何度か頷きました。考えがまとまったのでしょうか。

「よし、順番も決まった。これで負けたらしかたないと割り切ろう」

 ヴィンセントの表情がさっきまでの悩んでいた様子から一気に、明るくすっきりしたものに変わりました。私には考えの内容はわかりませんが、思い残すことのない決断が出来たのでしょう。

「エルドラド、ありがとう。金は帰ってから払う」

「ああ、お前のことは信頼しているから少々遅れても気にしない。思いっきりやって、上司の懐で育ったお気に入りちゃんに現実の厳しさってものを教えてやれ」

「おう、任せとけ」

 ヴィンセントとエルドラドの右の手のひら同士が、お互いのちょうど中間でぶつかって一度だけ甲高い音を立てました。それで会話は終わりです。

 息の合った幼なじみ同士の挨拶が終わると、エルドラドはすぐ向きを変えて歩き去って行ってしまいました。大会は見ないようです。

「さて、俺たちも行くぞ」

「あ……はいっ!」

 今の私には何の力にもなることができません。ですが明るく前向きであり続けることにしましょう。いつか必ずヴィンセントの役に立って、恩を返すだけでなく信頼されるようになるためにも、私はまだまだめげません。

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