第八話 野心家
大会の会場では多くのモンスターが集まっている。観客席はすでにほとんどが埋まっていて、様々なモンスターがこれから始まる戦いを期待している。
そんな様子を僕は高いところから見ていた。
「僕の率いるメンバーの勝利をここにいる全員が見ることになるのか」
大会の規模としてはさほど大きいものではない。もっと大きな大会はたくさんある。会場の規模も中堅どころかその少し下くらいだ。
「水棲生物限定とはいえ、もっと大きな大会でも僕は優勝している。この規模なら優勝はそれほど難しくはないだろうね」
鏡に映った自分の姿を見て、なんて場違いなところのいるのだろうと思う。青緑色の鱗に覆われた体が尻尾のような尾を持ちながらもそれとは別に二本足で立っている。指や足の間には水かきがあり、誰がどう見ても地上に住む者ではないと一目で察するだろう。
僕は魚人族。水棲生物だ。水辺の迷宮を任されている。契約しているモンスターも全て水棲生物。しかしここは地上。水棲生物のほとんどは来ることすら出来ない。正直、僕もここにいるのはあまり楽ではない。ではなぜここにいるのか、それはほとんど上司の命令にも等しい提案のためだ。
「ルドガー、ここにいたか」
僕の名を呼ぶ聞き慣れた重圧感のある声。僕が管理する迷宮がある地域を統括している広域統括責任者のカッサバルド様だ。
長年魔王様に忠節を誓い功績を代々残されてきたリザード族の中でも屈指のエリート一族出身。その歴代の功績とカッサバルド様当人の実力が認められ、魔王様から管理権限を与えるに足る存在だと認められたお方だ。
リザード族の中でも一回り大きい二足歩行の体躯。鋭い眼光に加え、高級感あふれる銀色の甲冑がより前に立つ者に威圧感を与える。
「水棲生物の界隈でお前の実績はかなり知られている。だが、地上でお前のことを知っている者は少ない。今回の大会でルドガーは水辺以外の迷宮も任せられる。そういう認識を広めさせるのだ」
「わかっております」
魔王様の配下として人間と戦う。迷宮の管理者はその役目の中でも一軍を与えられたに等しい重要な役目だ。そして優れた部下を持っていれば上司も評価される。育成能力であったり、適材適所に配置する能力であったり、様々な能力が認められることになる。
僕の役目は僕自身の評価を上げるだけでなく、カッサバルド様の能力を広く知らしめることも含まれている。いや、むしろ僕の評価よりもカッサバルド様の能力を広める方が重要だ。
「人間は地上に生きる生物だ。どうしても水辺の迷宮よりも地上の迷宮の方が人間との接触は増える。そして地上の迷宮の方が比較されれば重きを置かれる。水辺の迷宮でどれだけ頑張っても、地上の迷宮ほど評価はされぬ」
それは僕自身が一番よくわかっている。でも僕は水棲生物。魚人族だ。地上で一旗揚げるには障害が多すぎる。
「俺が手配したモンスター達との契約は済ませているな?」
「はい。期間限定の契約ですが……」
「それでいい。地上戦で勝つために地上のモンスターとも契約できるという手腕は高く評価されることだろう」
水棲生物の魚人族が地上の迷宮も管理できるとすればものすごい評価だ。いや、違う。地上の迷宮も「管理できるように育成した」カッサバルド様の能力がより高く評価される。この大会はそのために開催されている。
大会の開催者はカッサバルド様。地位と名誉と人脈と予算。そういった力があればそれなりの規模の大会を開催することが出来る。ただの大会ではない。カッサバルド様の今以上の出世、そして僕自身の今以上の出世。そのための重要な大会なのだ。
エントリーしている管理者はみんなたいしたことのない迷宮の管理者ばかりだ。弱い管理者だけを集めて僕に勝たせる。そんな筋書きも用意されているのだろう。
「では俺は主催者席で見ている。お前の活躍を期待しているぞ」
「はい、必ず優勝して見せます」
カッサバルド様は何者も恐れぬ堂々とした歩みで僕の前から歩き去って行く。その瞬間少し気持ちが楽になった。どうやらかなりの威圧感に恐れをなしてしまっていたようだ。
「僕が優勝する筋書きがある。それがどうした。そんなものがあろうとなかろうと、僕はエントリーした者として優勝するだけだ」
対して強くない地上の迷宮からのエントリーのみの大会。しかし規模はそこまで小さくない。ただのお披露目会と変わらないのだ。それでも管理者としての誇りに誓い、最大限優勝するために力を尽くす。
カッサバルド様のためだけでなく、今後の自分や仲間達のためにも。
「あれ? 確かこの辺りにいたと思ったんだけどな」
決意を新たにしているときだった。僕の近くまで歩いてきた優男がなにやらぶつぶつ呟いている。一目見た限りでは人間のようだ。しかし持っている魔力が人間ではないことを教えてくれる。
「誰かを探しているのか?」
人間の外見を持つ男のお目当ての人物を知っているかどうかはわからないが、同業者のようなので放っておく訳にもいかずとりあえず声をかけてみた。
「ああ、さっき遠目にこの辺りにカッサバルド様がいた気がしたんだ。直属の上司だから挨拶に来たんだけどな。どこに行ったか知っているか?」
カッサバルド様の部下。つまりカッサバルド様が任されている地域で同じく迷宮の管理者をしているということ。そして僕の勝利のためにやってきたたいしたことのない迷宮の管理者の中の誰かだ。
「カッサバルド様なら先ほど大会主催者席へ向かわれたが?」
「あー……ちょっと遅かったか」
優男はため息を漏らしている。上司への挨拶をして印象を良くするつもりなのか、それとも礼儀として挨拶をしに来たのか。
「しかたない。大会主催者席は警備が厳重で近づくのが面倒だから挨拶は諦めるか」
優男の挨拶の有無などカッサバルド様は気にもとめないだろ。しかし自分が管理している地域の部下となれば無視はしないとは思う。しかし必ず会えるというわけでもない。地位の高い上司というのもなかなかに大変な立場だ。
「挨拶は帰るまでにタイミングがあればということで、それじゃあもう一つ聞きたいんだがいいか?」
「僕がわかる範囲でなら答えよう」
どうせ優勝など出来ずに敗退していく相手だ。少しくらい優しくしておいてやろう。
「ルドガーってやつ、知らないか? 受付を終わらせて対戦表を見たら初戦で当たるチームの管理者なんだ」
戦う前に全く知らない初戦の相手と顔を合わせる。こんなこともあるのか。初戦で僕に敗れて早々に帰ることになる。かわいそうなやつだ。
「ルドガーは僕だ」
「あっ、あんたがルドガーか」
優男は目当ての相手が目の前にいて驚いたようだ。
「僕に何か用かな?」
「用ってほどでもないんだけどな。初戦の相手だし挨拶しておこうと思って」
優男は握手を求めるように右手を差し出してきた。
「僕はまだ君の名を聞いていない」
「ああ、悪い。俺はヴィンセントだ」
ヴィンセント、聞いたことがない名だ。まぁそれもそうだろう。僕は水棲生物で水辺の迷宮の管理者だ。同業者と言っても接点などほとんどないに等しい。
ヴィンセントの差し出してきた右手の握手に応じる。
「俺、あまり大会とか出てなくて勝手がわからない部分もあるんだけど、ひとまず初戦の相手ということでよろしく」
「こちらこそ。地上での戦いは初めてなんだ。お手柔らかに頼むよ」
握手を終えて手が離れる。地上の生物の体温は僕には少々熱いようだ。水かきのついた右手が少しひりひりしている。
「じゃあまたな」
ヴィンセントは用が済んだからなのか、さっさと僕の前から立ち去っていく。人間にしか見えない背中を見ている僕はおそらく哀れみの目を向けていることだろう。
「よろしく、ね」
ひりひりする右手を一瞥し、僕はヴィンセントの背中から視線をそらす。初戦の相手などいちいち気にする必要もない。この大会はもう僕の優勝が筋書きとして決まっているのだから。
「運がなかったね。エントリーしたのがこの大会で」
初戦敗退が決まっている男の姿を一度だけ思い出す。しかしもう用はないとすぐに記憶の中からかき消すように、僕は別のことを考え始めた。
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