第七話 時の浪費は金の浪費

 全滅騒動から三日。

 執務室には自分以外にフィオラとベアトリクス。そこにスライム族からアルゴリウス七世とトリニッチ。コウモリ族からアルデロ。そして唯一のゴーレム族であるガンテスを招集した。

「あるじよ。いきなり呼びつけて……まさか契約を?」

「いや、違う」

 アルゴリウス七世の液状球体が少し平らに近づく。感情の起伏や変化がわかりにくいと思っていたスライム族だが、落胆しているのが見てわかるのが少し面白い。

「このメンバーで挑むのですか?」

 事情を知っているフィオラはさっさと話を進めてしまう。そのため集められた面々が完全に取り残されてしまっている。最も決定事項であるため事後説明状態だ。すでに取り残してしまっている。

「ああ、今日みんなを呼んだのはこの大会に出場して賞金を手に入れるためだ」

 フィオラがリストアップした中から一つの大会を選び、その大会のポスターを取り寄せておいた。そのポスターをみんなの前に大々的に広げて見せる。

「ほぅ、闘技大会。それもチーム戦か」

 ポスターを見て一番に察したのはトリニッチ。ピアナが平均以上の査定額をつけるだけあって話が早い。

「ああ、この大会は一チーム三体のモンスターでエントリーして、チームごとにそれぞれ一体ずつ三回戦って優勝を決める団体戦の大会だ。一回でも勝てば大きくはないが賞金が出る。その賞金の獲得が目的だ」

 優勝は最初から狙っていない。そもそも不可能だ。全ての力を注ぎ込んで一回戦に照準を合わせる。そして最低限だが賞金をいただいて帰る。運良く二回戦以降も勝てたらラッキーだ。

「三体でエントリー? ここにいる誰が出るんだ?」

 集められたのはスライム二体、コウモリ一体、ゴーレム一体。すでに三体をオーバーしている。ベアトリクスやフィオラもいることを考えれば当然の質問だ。

「戦闘不能になれば二回戦以降は出られないだろ? 補欠や交代メンバーが必要だ」

 本気で勝ちに行くことはそもそも考えていない。二回戦以降は数さえいればいい。重要なのは一回戦を確実に勝ち抜くためだ。そのために戦闘要員の中で勝ち目がありそうなメンバーを選抜した。

 スライム族で特殊型のトリニッチは間違いなく戦力的に最も強い。団体戦にエントリーする上で間違いなく外せない。

 唯一のゴーレム族であるガンテスは単純な攻撃力だけならかなりのものだ。確実な勝利は望めないかもしれないが、ラッキーパンチ一発で勝てる可能性があるなら起用するべきだ。

 そしてアルゴリウス七世とアルデロ。正直戦闘要員として勝利を手にするのは不可能だろう。しかし一チーム三体でのエントリーとなれば数が必要である。よって戦闘技能ややる気などを考えた上で上位から順番に選抜した。

 戦術としてはトリニッチとガンテスで出来れば二勝、最低でも一勝一分け。そして勝ち目がなさそうなところに捨て駒としてどちらかを起用して二勝一敗、もしくは一勝一敗一分けでトリニッチに頑張ってもらって一回戦を突破。

 これが手元にいるモンスターを駆使して望める最高の結果だった。もちろん考えている内容は一切口には出さない。

「とにかく招集したメンバーで戦うと一番勝算があるという考えに至ったわけだ」

 勝ち目があるメンバー。そう言われて悪い気がする者はいない。褒められて喜ぶように雰囲気は少し浮ついている。

「留守の間はフィオラに任せる。戦闘要員は頼りないけど、カリヤンを中心になんとかやりくりしてくれ」

「戦力不足は今に始まったことではありませんので慣れています」

 フィオラなりに安心して行ってこいという激励だと受け止めることにした。

「それでベアトリクスだけど……」

「はいっ! 精一杯頑張ります!」

 満面の笑みでの即答。どうやら一緒に行く気満々のようだ。

「いや、留守中のことで……」

「ヴィンセントやみんなのために頑張ります! 頑張って勝ちましょう!」

 こちらの意図をまるで理解してくれていないということはすぐにわかった。

「いや、だから留守を……」

「よろしいのでは?」

 ベアトリクスをなんとか納得させて留守をさせようと考えていたところに、同行することを認めても良いという意見がフィオラから出てきた。

「先日の掃除の件もありますし、通常の掃除ももう出来るところはありません。留守で彼女にしていただく仕事は今のところありません。出先で人手が必要になるかもしれませんし、同行していただいた方が迷宮内のことに関しても安心できるのではないでしょうか?」

 全滅騒動のきっかけがベアトリクスの度を超えた掃除。留守中にまた何かをやらかすのではないかという不安は確かにある。それなら同行してもらった方が安心だ。しかし同行するとなると一つ大きな問題がある。

「ベアトリクスは天使族だ。天使族を連れてこういった公の場に出向くのは……」

 最悪、命を狙われる危険性もある。

「言いつけは守る方です。翼を隠し、マントを絶対に脱がないよう厳命しておけばそうそうばれることはないと思います。戦闘要員として戦うわけでもありませんから」

 なんとなくフィオラはベアトリクスと一緒にいたくないのではないか、と思った。だからこうして同行させようとしている。全滅騒動以降、ベアトリクスはほとんど意に介していないが、フィオラの方が表には出ていないが友好的ではない雰囲気はあった。

「そうだな。わかった。じゃあベアトリクスも同行で」

「はいっ!」

 本音を言うと少しでも遠征でかかる費用を抑えたかった。しかし留守中に何かしらのトラブルが起こる危険性を考えると、多少の遠征費程度なら出した方が良いかもしれない。

 天使族であるということだけはなんとかしてばれないようにしなければならない。重大な問題点は抱えつつも、大会に向かうメンバーが決まった。

「じゃあ早速準備を始めてくれ」

「……なに? 今からか?」

「ああ、遠征費を少しでも抑えるためにぎりぎりに出発、大会が終わったらすぐに引き返してきてなるべく早く帰ってくる」

「ぎりぎり? いつ出発なのだ?」

「ああ、今日出るから」

 招集したその日に出発と聞いてしばらく沈黙の時が流れる。

「しかたないだろ? ぎりぎりまで自己治癒の具合やガンテスの修復の様子なども見ての判断なんだから」

 ゴーレム族のガンテスの修復には手間と時間がかかる。行動可能な状態まで復活できているかが重要な判断基準となっていた。もしガンテスの復活が間に合わなければこの大会への出場はなかった。

 大会出場もちょうど直前ぎりぎりまで応募を受け付けていた。応募もぎりぎり滑り込みでなんとか受理され、出場決定まではかなりドタバタしていた。

「じゃあ今から即準備、そしてすぐに出発だ」

「はいっ! 頑張りましょう!」

 急な予定変更でもいつも通り明るい返答のベアトリクス。彼女の即答に流されるように各々返答を返して出立の準備を行う。

 そしてその日のうちに迷宮を出発。目的地である大会の会場へ直行する。

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