8 高層マンション
腹に刺し込む痛みに児玉は目を覚ました。見慣れぬ部屋の大きなソファに横になっていた。そこは50階建て超高層マンションの45階だった。パノラマビューの窓からは、東京湾越しに羽田空港を離陸する飛行機から、横浜ランドマークタワーまで一望にできた。
「ここどっかのホテルか?」
「あっ、起きたの。ここリカの部屋よ」
「なんで俺、ここにいんだよ」
「覚えてないの?」
「手当てしてあるみてえだけど、病院行ったのか?」腹に巻かれた包帯を撫でると、鋭い痛みが走った。
「あんた津波に乗じて脱獄したって言ってたでしょう。病院はやばいからって、リカが知り合いの医者を呼んだのよ」
「気がきくじゃねえか」
「リカからタイミングよく電話なかったら、あたし救急車呼んじゃうとこだったよ」
「リカは?」
「髪のセットに行ったよ」
「すげえ部屋だな。ここ、いくらすんだよ」リビングだけで50平方メートルはありそうな広々とした室内を児玉はきょろきょろと見回した。
「家賃100万くらいなのかな。それでも都内よりはずっと安いんだってよ」
「この不景気になんでそんなに払えんだよ」
「社長が払ってんじゃないの」
「つまりパトロンか」
「知んない」
児玉はバッファローレザーのソファに座り直して、一服つけた。
「あんた、お腹空いたでしょう?」
「食ってもいいのか? 俺、腹に穴開いてんだろう?」
「ケガは大したことないってよ。腹筋がちょっと切れただけで内蔵はだいじょうぶだって。そうじゃなけりゃ病院で手術してるわよ。死んじゃったかと思って心配して損した」
「そっか。で、いつごろ治るんだ」
「のんびりしてればいいんじゃない。よく寝て、美味しいもの食べて、女とやってれば元気になんじゃないの」
「そんな身分かよ。金もねえし、家もねえし、女もいねえのに」
「女は目の前にいんじゃないの?」
「オメエか」
「あたしじゃ不足」
「そうじゃねえけど、どうしてリカとオメエ、俺にかかわるんだ」
「恩人だしね。これって運命じゃないの」
「そろそろ行かねえと」
「その体じゃむりよ。まだ傷ふさがってないよ」
「食い物より酒はねえかな」
「あるんじゃない。リカがなんでも好きにしてていいって。あたし、なんか作ってあげる。これでも料理得意なのよ」
「なんか着るものは」
「適当に探してよ」
児玉は安アパートの1部屋分はありそうなウォークインクローゼットで男者の服を物色したが、見つからなかったので、ユニセックスっぽいカーキのハーフコートを拝借して、パトロンの物らしいジャージの上から羽織った。
酒を探すと、飾り棚にバランタインの高級そうなボトルがあったので掴み出し、ソファに両足を投げ出して飲み始めた。酒は傷にさわるかもしれないと飲んでから思ったが、組事務所がなくなり、おまけに仲間に裏切り者呼ばわりされて刺された自分が惨めで、飲まずにいられない気分だった。
バランタインのスモーキーは口に合わなかった。グラスを放り出したとき、贅沢なバカラの卓上ライターが目に入った。ツバサプロモーションとロゴが彫られていた。それでリカのパトロンが誰か察しがついた。同時に鷹目組を誰が潰したかも見当がついた。
「料理できたよう。ねえ、どこ?」ナオが手料理のスパゲッティを大皿に山盛りにしてキッチンから戻ってきた。児玉の姿はどこにもなかった。
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