5 青い閃光

 湖と化した滑走路を渡りきり、城山香夜子をやっとのことで自衛隊の救護班に預けた児玉は、それからさらに1人で海岸沿いを南下し、卯月と一緒だった時と同じように、空き家を見つけては食料と金を探した。2晩を空き家で過ごすと、だんだん津波の被害も少なくなり、泥棒もやりにくくなった。人影も見かけるようになった。

 地震から3日目の朝、遠くに煙突が見えた。事故を起こしたという原発だなと児玉は思った。テレビを見ていないし、人と会っていないので事故の様子はわからなかった。

 原発が近づくにつれて、警察や自衛隊の車両をたくさん見かけるようになった。道路で検問もやっていたが、抜けるのは簡単だった。幹線道路でしかやっていなかったからだ。それでも用心して夕暮れまで身を隠してから先に進んだ。検事の気が変われば留置場に連れ戻される。そんな予感がしていた。

 検問の先には津波の被害を受けていないのに人気がまったくなくなった集落があった。知識のない児玉も、原発事故のせいで町民が全員避難したのだろうと察した。原発から遠ざかろうとする長い長い車列を見たからだ。あちこちに死体が転がった地獄絵のような津波の被災地には慣れてしまった児玉だったが、何事もないのにゴーストタウンとなった町はかえって不気味だった。金目のものはどうせ持ち出されているだろうと察して盗みには入らなかった。そのかわり自転車を見つけて盗んだ。道路が壊れていないので快適に漕げた。歩くより何倍ものスピードで、どんどん原発の煙突が近づいた。

 気がつくと、煙突が見えなくなるくらい原発からもうもうと白煙が上がっているのが、暗がりの中に見えた。火事なんだなと思っていたら、白煙の中に柔らかな青色の閃光が走った。きれいだなと思った。その直後、ゴーンと爆発音がして地が震え、児玉は自転車ごと転倒した。慌てて起き上がると、原発から夜空に向かって立ち登る黒煙が、きのこ雲のようになっていた。原発が爆発したのだ。これはやばいと児玉も怖くなった。

 懐には空き家で見つけた50万円以上の金があった。車を盗まなくてもタクシーでだって都内まで行ける。児玉はもうそれ以上海岸沿いを行くのをやめて西へ進路を変えた。消防車が鳴らすサイレンの音が背後に聞こえた。本能的に物陰を探そうとしたが、隠れる場所がなかった。

 「そこのおまえ、なにやってる」消防車が児玉の前で停まり、スピーカーから怒鳴り声がした。赤いボディには東京消防庁と書かれていた。はるばる応援にやってきたのだ。

 「家の忘れ物探しに来たらチャリがパンクしちゃって」児玉はとっさにウソをついた。

 「ばかやろう。このあたりは放射能で立入禁止なの知らないのか」窓から首を出した消防隊員は宇宙服のような白い防護服を着ていた。

 「さっきのは原発の爆発すか」

 「原発で起こってることはわからん。警戒区域の外まで乗っけていくから早く乗れ。悪いけど自転車は乗せられないから、そこにおいていけよ」消防隊員は標準語で言った。

 児玉は盗んだチャリを捨てて消防車の後部座席に乗った。車内だというのに隊員全員が防護服を重ね着していた。なにも着ていない自分の方が宇宙人になったような心境だった。 

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