3 津波ドロボウ

 警察署を出て初めてわかった。津波に流されなかった建物は警察署だけだった。那酉川の河口に広がっていた漁港の町は跡かたもなく消え去っていた。周囲には果てしもなくガレキの山が広がり、爆発した車があちこちでまだ白煙を上げていた。どこかで見た光景だと思った。それは「北斗の拳」に描かれた世紀末の世界と同じだった。いやそんなものじゃない。ガレキのそこここに老若男女を問わぬ水死体が何百と引っかかったままになっていた。ただの地震ならガレキの下にまだ生存者がいるかもしれなかった。だが、3階まで浸水する大津波に襲われたら、生存の可能性は万に一つもないだろうと想像できた。津波の衝撃力は1メートルで軽自動車との衝突、2メートルで普通車、3メートルでダンプカーと言われる。10メートルの津波は、さしずめジェット旅客機に衝突されたようなものだ。爆撃されたように街が丸ごと消え去っても不思議ではない。留置場の6人は奇跡の生存者だった。

 「おい、ちょっと待てよ」背後から卯月に声をかけられて、児玉は迷惑そうに振り返った。

 「なんすか」

 「南に向かったのは俺とおまえだけだ。一緒に行くべ」

 「俺は1人で行きますよ」

 「こういう時は助け合ったほうがいいんだ」

 「必要ないすよ」

 「オメエ、どうして南を選んだ」

 「別に」

 「北は全滅だ。きっとなんもねえぞ。西には町が残ってるにちげえねえけど、俺らの居場所はねえだろ。だから南が正解だ」

 「原発、怖かねえんですか」

 「怖かねえよ。それよか、着るものと食料探すべ。それから金もな」

 「盗むんすか」

 「生きるためだ」

 同意したわけではないが、1人より2人の方が生きやすいという卯月の意見にも理はあった。2人はガレキに埋まり、海水に半ば浸かった道路、いや元道路を歩きだした。

 全滅したかと思った町だが、漁港から遠ざかるにつれて流されなかった家が何軒か見つかった。どれもベタ基礎の上に建てられた豪邸だった。いざという時、物をいうのは土台なのだ。釈放してくれた警察官から盗みはするなと諌められたばかりだったが、そうはいかなかった。児玉と卯月は被災を免れた空家を見つけては着るものと食料を探した。誰も咎める者はいなかった。だが、大半の家はすでに荒らされた後だった。考えることは誰も一緒だなと思った。それでも乾いた衣類を見つけて着替えると体も心も軽くなった。2人は手当たり次第に家捜しを繰り返しながら南へ向かった。食料はいくらでも見つかった。壊れた冷蔵庫や自販機から水とビールを調達した。金を見つけると2人で分けた。だんだん罪の意識はなくなっていった。チャリがあればいいと思ったが、まともなチャリは1台もなかった。たとえあったとしても、ガレキの散乱した道に乗り出したとたんにパンクしてしまい、役に立たなかっただろう。

 「あれはなんすか」児玉は巨大な建造物に気づいて卯月を見た。

 「空港だよ」

 「じゃ、金もたんまりあっかな」

 「あぶねえあぶねえ。近づくのはやめとけ。それよかもう日が暮れそうだぜ。泊れる家を探すべ」さすがは元ヤクザの卯月の意見は正解だった。空港には早くも自衛隊の車両がつめているのが見えた。

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