第6話「喰種の巣穴」

「美樹ちゃんは……もう……諦めた方がいい……。」


開口一番、ヒフミはそう言った。


「は……?どういうことですか?」


「監視が来た。一旦切るよ。」


「ちょっと待ってください!どういうことなんですか!」


しかし、ヒフミからの通信は切られていた。


「諦めろって…………。」


「え?玉木さんどうしたんですか?何があったのですか?」


「いや、その……。」


「はっきり言ってください。」


「あの、美樹さんのことは諦めろって……。」


「えっ………………。」


「特に詳しいことは言ってなかった……。監視が来たらしいから切られたけど、考えられることは……。」


「………………。」


「美樹さんはもう…………。」


「そん…な…………。。。」


梨沙の瞳に涙が浮かぶ。


「うん…………。残念だったけど…事実を受け入れるしかないです……。元々生きてる確率が高かったわけではないんですから……。」


「美樹………………。」























「玉木さん!前!!!」


「え!?」


ドギャッ


ひたすら周回をしてた玉木たちが乗る車だが、なんとグールの1人が正面から体当たりをしてしたのだ。


ドガッ


続けざまに左側からも体当たりを受ける。


「嘘だろ、グールってこんな捨て身なことしてくんのかよ!」


玉木はハンドルをめいっぱい回し、スピンによりグールを弾き飛ばす。

しかし、グールは弾き飛ばされようと構わず飛びついてくる。


「玉木さん。う、撃ちますか……?」


梨沙は震える手で拳銃を握りしめる。


「………………いや、捕まりましょう。」


「とうして!?私たちまで捕まったら、もう終わりですよ!?」


「…………わざと捕まって奴らの巣までいく。抵抗するのはそこからです。」


「ど、どういうことですか!」


「今ヒフミさんに連絡を入れます。そしたらヒフミさんも脱獄態勢に入るので、そこでグールたちの巣を荒らし、ヒフミさんを連れ出します。今変に抵抗してこちらにある程度の戦力があると敵側に晒したくはありません。」


「でも武器とかは!?見つかったら没収されますよね!?」


「拳銃は俺にください。俺なら絶対に身体検査で見つからないよう隠せます。」


「わ、分かりました……。」


ドゴォッ


そう話してる間にもグールは体当たりを繰り返してくる。玉木は抵抗しないとは言ったものの、ヒフミに連絡を入れるまでは捕まるわけにはいかない。それまで時間を稼ぐ。


ピピピピピピピッ


「くそ、早く出てくれ……!」


ピピピピピピピッ


「まだか……。」


バリィンッ!!!


なんとグールの1人が体当たりで助手席の窓ガラスを割って侵入してきたのだ。


「!」


「グルアアアアア……!」


「きゃああああああああああああ!!!」


思わず悲鳴をあげる梨沙。


「な、なんだこいつ!?」


グールの存在を元々知っていた玉木だが、何も知らない一般人を装うため、初見のようなリアクションをとる。


「グルアアアアアアアア……!」


手を伸ばし玉木に掴みかかろうとするグール。


「この……!バケモンがあああ!!」


ドガッ


玉木はグールの顔面に蹴りを入れる。


「ガアッ!」


グールは蹴られたものの、まだ手を窓から離さず掴んでいる。


「しぶてぇ…なっ……!」


思いっきりハンドルを回しグールを弾き飛ばす。


ピッ


「……タマちゃん。こちとら潜入してるんだからあまりそっちから連絡を」


やっとヒフミが応答した。


「今からそっちに向かう!脱出の準備しとけ!」


「え、なん」


ピッ


簡潔に通信を終わらせる玉木。


「梨沙さん!今からわざと捕まりますから覚悟しておいて下さいね!間近でグールに迫られて発狂とかナシですからねっ!」


「は、はい!」


玉木は若干スピードを落とし、蛇行も止め、グールたちに捕まりやすいようにする。

すると車に飛びついてくるグールの数が増してゆく。計算通りだ。

先程破られた窓ガラスを突破口とし侵入してこようとするグールたち。玉木は運転を止める。


「ふぅー……。拳銃ください。」


「は、はい。」


こっそり裏で渡す梨沙。


「ありがとうございます……。さ、行きますか……。」


「はい……。」



「グルアアアアアアアア!」



グールたちが棲う巣穴。

現代の文明の香りを漂わせないその暗闇からは未知の呻き声が聞こえ、赤く灯される点はじっと二人を見つめている。不潔な便所のような匂いが恒常的に鼻にまとわりつき、吐き気を誘う。巣穴はトンネルのように掘られており歩くぶんには不自由ない。彼らは目と鼻がよいのだろう、暗闇の中を迷わず進む。玉木と梨沙は縄で雑に作られた手枷を付けさせられているものの、特に外傷はない。それは抵抗をせず、おとなしく捕まったというのもあるだろうが、全くもって危害を加えてこないというのも不気味なものだ。


どれほど歩いただろうか。いや、実はそれほど歩いていないということは体が分かっている。しかし、底知れぬ漆黒の深淵を進むというのは人間を簡単に混迷に陥れる。30秒が10分にも感じ、この計り知れない不安と緊張から一刻も早く解き放されたい一心なのだ。だが、歩いてゆくと若干ながらも周りが見えるようになってくる。目が慣れたというのもあるが、それだけでは説明がつかぬほど視界が機能してきている。周りにいるグールたちの姿を視認できてきた。もしかして巣穴の中に明かりが灯してあるのだろうか、だが何のために。彼らにとっては不要の代物。グールが右折した際、明かりの存在の想像は確信へと変わる。そこからの道の両脇には弱い炎を保つ松明が備えられていた。そしてその松明によってそこが食料庫だということも確認できる。松明の下、左右の壁にはそれぞれ二つずつ空間が設けられていた。その空間はまるで刑務所の牢屋のように格子で区切られており、中には人間の死体、体の一部、生ゴミ、まだ生きている人間がおさめられてあった。

左側に死体と体の一部、右側に生ゴミと生け捕りされた人間が。

二人は生け捕りがいる空間の中に入れられた。



そこにいる生け捕りたちは4人。生きていることには生きている。顔を伏せる者、横になっている者も呼吸運動を行っているのが確認出来る。生け捕りたちの目は言わずもがな死んでいる。一人を除いては。



「……どうしたの、タマちゃんたちもこっちに来ちゃって。」


ヒフミである。ヒフミはその場の死んだ空気に飲まれていないただ唯一の存在だった。

グールたちがいなくなったことを見計らい小声で玉木たちに話しかける。


「……グールが運転中の車に体当たりしてきたもので……。抵抗は無駄なことだと思い、おとなしくここに連れられました。」


「えー?要はグールに負けてきたの?」


「うるさいですね。抵抗したところで大群を呼ばれたら勝ち目はないんですから、捕まるのが賢明だと判断したんです。文句あるんですか?」


「いや、正解。タマちゃんのとった行動はその状況ならば理想的だ。」


「ですよね。」


「で、武器は……?」


「ちゃんとバレずに持ってきましたよ。いつもの隠し場所で。」


「有能。」





「ヒフミさん……。聞きたいことがあったんです……。」


「…………あぁ。分かってる。」


「美樹さんを諦めるってどういうことですか……?」


「それは」


ガチヤガチャン


突如一人のグールが格子を開ける。


黙り込み、絶望してるように装うヒフミと玉木。


「………………。」ガシッ


「えっ……?」


そのグールは梨沙の手を掴み、連れ出そうとする。


「!」


「やっ……離して……!」


「ウゥゥゥゥ…。」


「私をどこに連れていくの……!離して……!離して……!」


彼女の抵抗虚しくグールによって引っ張られる梨沙。


どこかへ連れてゆかれる様子だ。


ヒフミと玉木は助けたい気持ちをぎゅっと押さえつける。手枷もかかったこの状態では何もできないからだ。


その時、巣穴の中に風が吹き、松明の炎がさらに燃え、光が強くなった。

その時間は僅かなものだったが、その間に梨沙を連れ出そうとするグールの顔が鮮明に照らされた。

何故か梨沙の抵抗はピタリと止まる。

そして梨沙がたどたどしく口を開いた。





「……え?……美樹……?」



「「!?」」



グールだと思われたそれは今回誘拐された被害者である美樹だったのだ。見間違えるはずもない、明らかに他のグールたちとは顔つきが違っていた。


「美樹……?美樹だよね…………?」


「………………。」


美樹は何も言わず、梨沙を連れ去ろうとする。


「美樹でしょ……?美樹なんでしょ……!」


「………………。」


まるでその言葉が聞こえてないかのように反応しない。ただ梨沙を連れ出そうとするのみ。


「答えてよ……!美樹、美樹!」


「………………。」



やがて、梨沙はどこかへ連れていかれてしまった。





「ど、どういうことですか!?」


「タマちゃん……。僕が言った諦めろって言葉の意味……理解できたかい?」


「まさか…………。」





「うん……。美樹ちゃんは…………グールだったんだ。」

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正義の味方 鉄血仮面 狐狸夢中 @kkaktyd2

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