間章壱 さて、白い雪の日に

第5話 「ある楽器の記憶」


 この世界は一度滅びている。

 ほろびた、というのは、水の底へ沈んでしまったということだ。



 僅わずかに残った陸地にて、新しい命は再び文明を築いてきた。

 かつて世界に満ちていた魔力と呼ばれる不思議な力はその大部分が溶けて無くなり、魔術の類たぐいはもはや奇跡、神域のものとされるようになった。そのためかつてとはまったく違う道を歩み始めた世界である――



 その中に。

 わずかに残された、旧世界の遺産。

 精霊器せいれいきと呼ばれる、世界の欠片こころの宿る器物がある。



 かつての魔術師は、世界を構成していた魔力を器物に呼び込んだものを、魔道具として扱っていた。

 そしてそれらは、すでに魔力が失われた世界においても、とうに切り離されたものであるために、なんら変わりなく残っている。




 こころを通わせたはずの魔術師の、いない世界で。






   ◇







 それは。


 いつかの記憶。


 世界から切り離されて、出会ったあの日の記憶。

 水に濡れて、水に沈んで、そうして永遠に失われてしまった。

 あたたかかった、そのぬくもりも、すべて。


 冷たい水の感覚にさらわれて、とおくに。


 遠くに。

 行ってしまった。







 

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