第二話 初撃、堂々たる出発

 ブルペンからマウンドに移動する、マウンドでの投球を終えてキャッチャーの古田がここに来る。


「はっはー緊張してるなお前」


「してねーよ!」


 実際はまじで緊張している、だって相手は4番、体格も風格もレベルが違う。笑えないが笑えてくる。


「お! 笑ってんじゃねーかてことは大丈夫か」


 この人の方がずっと笑っているんだけどな、まあいいか。


「さてこっからは本題だ、横谷さんは今の所中学で通算12本放り込んでいる、広角に何処にも打ち分けられるとんでもないバッターだ、弱点なんて探しただけ無駄だ」


 そりゃ勝てる気がしないってもんだ。


「でもな俺がお前をその怪物から勝たせてやるよ、お前はそこ目掛けて全力で投げてこい」


「分かった⋯⋯」


「安心しろ、それにもしお前がそれをしてくれたら俺とお前は最強バッテリーになることが出来る」


 最⋯⋯強⋯⋯か、自然と笑が出てきた、さっきまでの肩の力が抜けてリラックス出来ている。


「さーてそれじゃあ始めるか」


「プレイ!」


 一打席勝負のゴングがなる。


 初球、アウトローにストレート。

 思いっきり振りかぶってあいつは投げる。バッターは見逃した。


「ストライーク!」


 二球目はそうだなこれにしよう。

 頷いた、そして投げる、インハイに緩い球が来る


「! 舐めてんのか!」


 ビヨンド特有の音と共にファールだが遠くまで運んだ。よしここまでは読み通りだ、ファールであんだけ飛ぶとは思ってなかったがまあいい。


「ピッチャー、後3球遊べるからな!」


 と声をかけると、ニヤリと笑いやがった。


「んじゃあキャッチャーの御要望通りに遊んでやるよ」


 あいつまじかよ、笑ってしまうよ。


「ストレートは嫌いかな?」


「速いの一球頼んます」


 はっはー! こいつはやっぱり面白い! まじかよここでそんな事してくるかよ。俺だったらそんなドンパチ出来ないな。


「若いやつに挑まれた勝負、一振で答えよう!」


 あの人もやる気満々、本気でやる気か? ってん?

 おいおい、ここでそれやるかよ。お前後で怒られても知らねーぞ。


 心臓の音が聞こえる、ここまでドンパチをかましたのは生まれて初めてだ、あとが引けねえ追い込んでるはずなのに追い込まれている、でも、でも楽しい。

 心躍る勝負、だが勝つのは俺だ。


「くらえ!」


 白球が白い線を引きながらゆく、真っ直ぐに素直にそのミットに目掛けてゆく。


「ふん!」


 一振りが来る、バットはしなり轟音と共にボールの少し下からすくい上げるように。

 だがそのボールは途中で沈む、勢いは鈍らずにただ下に落ちていく。


「バチン!」


 ミットから気持ちのいい音が鳴り響く、心臓の音が聞こえる、たった3球、されど3球、俺は心を動かされた。


「ナイスボール」


 数十分前


「お前、変化球って持ってんのか?」


「変化?」


「いやカーブとか持ってんのかなって思っただけ」


「うーん、1つだけなら心当たりが」




 スプリットフィンガーファストボール、通称SFF、ストレートと同じように回転を持ちそして落ちていくボール、元楽天の田中将大が持つ伝家の宝刀だ。

 彼のスプリットはそれに負けず劣らずのものだった、球速事態はストレートで120キロ、そしてスプリットは117キロ、差はたった3キロ。それがどういう意味か、スプリットとストレートでは平均して差は8キロ近く出るはず、いやもっと出るであろう、彼は3キロ、この差はでかい、初速から落ちるまでスピードが変わらない、なら打者はどう思う? 来た瞬間にストレートだとしか思わないだろう。そしてあのキレ、化け物としか思えない切れ味のあるスプリットだった。

 こいつは面白い。


「よっしゃ!」


 三振に切った、それも三球三振で、俺はその場で吠えているとバッターが近づいてきた。か、覚悟はできてるぞ1発打たれるくらいの覚悟は。


「ええボールやったな!」


 と肩を叩いてくれた、優しくそして笑いながら。


「かー奥ゆかしいことしてくれんなー!」


「また勝負させてくれや、んじゃ練習行ってくるわ!」


 こうして今日の俺の練習は終わった、だがこの胸の鼓動と指の感覚だけはずっと残っていた。


 「野球⋯⋯か」


 やってみるのも悪くはない、そう思った。


 「なあ木ノ宮、入部届っていつ貰えるんだ?」


 彼女に問いかけてみるとニコリと笑って


 「明後日だよ!」


 「OK、なら明後日、ここに届けに行こう」


 「うん!」


 こうして俺は怒涛の野球生活を送ることになった。

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