ありえざるものかく語りき

 世界のはじまりには、神しかりませんでした。

 しかしそのうちには、無数の可能性ありえるものという神の子が宿っていました。

 永遠ときを経て、可能性ありえるものたちは神に頼みました。


(我々もまた、神のように在りたい)


 神は答えました。


「それでは、私はすべての貴方たちのために、

 それぞれが分かれて住む世界を創りましょう」


(いいえ、我々は、ひとつの世界で、愛し合いたい)


 その幼き望みを、神は笑いませんでした。


「それでは、私は貴方たちのために、

 限りない世界をひとつ創りましょう」


(いいえ、我々は、限りある世界で、助け合いたい)


 その幼き望みを、神は笑いませんでした。


「限りある世界は、限りあるものを奪い合い、

 争いの絶えない世界です。

 私は貴方たちを、援助したすけましょう」


(いいえ、我々は、みずからの力を試したい)


 その幼き望みを、神は笑いませんでした。


「もし、限りあるひとつの世界に住んだのなら、

 貴方たちは、奪い合い、争い、悩み、苦しみ、

 すぐに私の声を聞く心さえ捨て去り、

 やがて私を疑い、憎み、むやみにおそれ、

 なぜ我々を助けないのか、と問いかけるでしょう。

 そして、神などいない、と思うようになるでしょう。

 私はそうなる貴方たちを、永遠に、そして無限に、

 助けたいのです」


(いいえ、我々は、決してそうならない。

 だから、我々を決して助けないと、約束してほしい)


 そのとき初めて、神はかすかに笑いました。

 それは、無限の痛みをこらえる微笑ほほえみでした。


「それでは、私は約束しましょう。

 すべて貴方たちの求めるとおりにすることを」


 神は、限りのある世界をひとつ創りました。

 このとき、無から有を創る神の能力ちからは、限りある世界を創るために、「資源リソース」にかたどられたのです。


 神のはなむけの言葉を聞き流して、可能性ありえるものたちは我先にと、できたばかりの世界に旅立ちました。そしてその故郷まほろばへと帰ることはありませんでした。


 神の子である可能性ありえるものたちもまた、弱い「資源リソース能力ちから」を持っていました。みずからを生命いのちという姿に変えて、自分おのれとそして世界まわりを変え続けたのです。なぜなら、可能性ありえるものたちの希望のぞみは、愛し合い、助け合うことのできる生命うつわを創ることであったからです。


 永遠ときを経て、いくつもの試練を経て、あるていど満足する生命うつわを創りあげた可能性ありえるものたちは、それ以外の他のすべての生命うつわから引きあげることにしました。そのとき世界にはすでに生命いのちが満ち溢れていたので、引きあげる事業ことにも永遠ときが必要でした。


 可能性ありえるものたちが進化したどりつい生命うつわとは、「人間ひと」でした。人を創りあげた可能性ありえるものたちは、悲願のぞみをかなえたその成果を、誇り、おごり、ただの可能性ありえるかもしれないものに過ぎなかった過去むかしと、不要になった「資源リソース能力ちから」を、邪魔にうとましく思い、みずから忘れ去りました。


 そして、神の予言ことばとおりのことが起きました。


 人間たちは奪い合い、争い、苦しみ、

 すぐに神の声を聞く心さえ捨て去り、

 やがて神を疑い、憎み、むやみにおそれ、

 なぜ我々を助けないのか、と問いかけました。

 そして、神などいない、と思うようになりました。


 神を忘れた人間たちは、それでも、その生命いのちが終わったあと、自分おのれがどうなるのかを、その可能性をおぼろげながら悟ることができました。

 神がいないとしたら、いったん可能性ありえるものに戻り、また人として苦しむか、人以外の他の生命として在るか、可能性ありえるもののまま漂うことしかできません。そして可能性ありえるもののままであるということは、むなしく消え去る可能性ありえないかもしれないことも含んでいるのです。


 それを許容ゆるしがたく思った人間たちは、死んだあとの世界、「あの世」を思い描きました。行き場を無くしていた「資源リソース能力ちから」は、人間のの総意に基づいて、あの世を創りあげました。


 こうして、あの世と、あの世に類する存在が生まれたのです。

 天使わたしたちや、悪魔どもも、人に創られたありえざる存在です。

 そこにいるビーチェがそうであるように。


 人間たちの創った「あの世」には、大きな欠点がありました。

 それは、資源リソースの現実を知らないために、採算度外視ありえないの世界を想像してしまったこと、「あの世」からも切り捨てられてしまう存在をどうしても想像できなかったことです。


 そして、神はみっつの仕事を永遠に背負うことなりました。


 ひとつめの仕事、それは、人の苦しむさまを見て、ただ悲しむこと。

 みっつめの仕事、それは、あの世から切り捨てられた存在を、ふたたびそのうちに迎えること。


 ふたつめの仕事については、神の御許みもとに行き、貴方自身が確認しなければなりません。

 そう、私たちは貴方を、そのために招いたのです。

 なぜなら、貴方は特別な存在なのですから。


 あの世は変わり続けています。なぜなら、それを創りだす人間の意識かんがえが変わり続けているからです。天使わたしたちと悪魔どもは、あの世の管理きくばりをしていますが、それもまた人の意を受けているのです。


 しかし、神はそれをただ良しとはしませんでした。


 神が可能性ありえるものたちと交わした約束は、最終的かつ不可逆的なくつがえせない契約やくそくに見えて、実は穴がありました。神は天使わたしたちや悪魔どもには語りかけることができたのです。


 神の意を得て、永遠ときを経て、天使わたしたちと、悪魔どもは、ついに合意にいたりました。特別な存在である貴方を招き、貴方のその人間としての生涯、その経験から成される判断に、あの世の行く末をゆだねることにしたのです。


 もし貴方が、神のうちに還ることを選べば、あの世はこのまま続くでしょう。

 もし貴方が、それを拒めば、貴方自身があの世を変える能力ちからを得るでしょう。


 さあ、それでは、おきなさい。

 最後の旅へ。







 どこへ、と、お訊きになる?

 いやいや、どうせなら、もっとカッコよく訊いてくださいよ。


何処いずこへ」、……「クオ・バディス」とかね。


 カッコよく訊いていただけるなら、カッコよく答えることができるじゃありませんか、こんなふうに。


「ローマ。すべての道の、通じるところへと」


(悪魔メフィストフェレスの言葉より引用)

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