Ⅱ Maelstrom

  疑わしきは罰する、という人は、

  法と友愛の世界にはいられない。


  (尻鳥雅晶「日めくり尻鳥」「平成30年5月10日(木)」より引用)



 貴方と執事姿の悪魔メフィストフェレスは、審判の大部屋を抜け、また人気ひとけのない廊下を歩いていた。

 悪魔の話によると、このセンターの中にはいくつもの大部屋があり、「審判機」による審判を済ませた死者たちは皆、これから自分たちも向かう中心部へと進むという。やがて廊下の終端につき、クラシックな木の扉を開けると、そこは高級ホテルかと思うような豪奢ごうしゃなインテリアの小部屋だった。中には、大きなソファと小さなテーブルがいくつか、何もない壁に向かって置いてあった。


 メフィストフェレスがいかにも執事然とした大げさな身振りで、座ることを勧めた。貴方が上品な革張りのソファに座ると、その横に立ったメフィストフェレスが何かのリモコンを操作した。すると突然、何もなかった壁が透明になり、その向うに広大な空間が広がった。


 そこは、大きさも、構造も、ドーム球場の内部に良く似ていた。


 貴方と悪魔が居る小部屋は、芝生を植えられたグラウンドのすぐそば。目の前のプレイをあますところなく観戦できる特等席と言えるだろう。貴方がグラウンドの上空に目をやると、まるで超巨大なテントを内側から見上げたような四角推ウラ側の天井があった。どうやらそこはこのピラミッド上部のすぐ内側らしく、あの太いビームの末端と思わしき光のボールが、同じく光のビームに吊り下げられているかのように輝いていた。


 グラウンドを取り巻く急な勾配の「観客席」には、すでに死者たちがびっしりと着席していた。メフィストフェレスがまたリモコンを操作すると、彼らの声が鮮明に聞こえてきた。ぶつぶつと嘆いている者、大声で泣いている者、興奮して怒鳴っている者がいたが、たいていの死者はもともと青ざめた顔をさらに青くして、かすかに震えているのだった。そして、そんな落ち着かない周りの様子に、ただただ、とまどっている一団もいた。


「ほとんどのかたは、もう見てしまっているのですよ」


 大部屋で見た彼らの態度とは、明らかに違う死者たちの姿に不思議に思った貴方に向かって、悪魔はそう説明した。何を見たのか、と言おうとした貴方は、グラウンドを取り巻く壁を霧か何かのように突き抜けて、1台の大型バスが入ってきたことに気付いた。ボディにアニメのキャラクターが描かれた、荒野で見かけたあのバスだった。バスは野球で言うと外野にあたるエリアまで進み、そこで止まった。

 悪魔が懐中時計を見ながら言った。


「そろそろ……次の回が始まります」


 切り分けられたバウムクーヘンのように放射状に区切られた観客席の一角、そのひとつの前に、あの例の巨大なウィンドウが現れた。


 次の選別が始まります。

 グラウンドに出てください。

 絶対に拒否することはできません。


 アナウンスと同時に、その区画とグラウンドを隔てる壁が消えた。透明になったのではなく、無くなったのだった。その場所に座っていた数百人の死者たちは、様々な表情を浮かべて、ぞろぞろとグラウンドに降りた。……いや、数割の者たちは、椅子にしがみついたまま、顔をゆがめて首を振っていたり、悲鳴を上げつづけていた。


 椅子が消えた。そして、その区画の観客席が、グラウンドに向かって起き上がるように傾き始めた。

 あきらめの悪い者たちは、それでも、土砂を運ぶダンプカーの荷台のようにきつくなる勾配に這いつくばっていたが、それも無駄な抵抗だった。ごろごろと坂となった床を転がり、結局はその席の全員がグラウンドに降り立ったのだ。傾いた床は、まるで最初からそうだったように、そのままグラウンドを取り囲む壁に変わった。


「ほら、あのお嬢さんもいますよ」


 確かに、あのゴスロリ美少女、ビーチェもその集団の中にいた。あいかわらず何を考えているのか判らない顔で。いや、きっと何も考えていないのだろう、と貴方は思った。

 見知った顔は、他にもいた。ちょうど選別とやらのタイミングが合ったのか、貴方と悪魔が声をかけて、どのように審判を行ったのか尋ねた者たちだった。


「さあさあ、お楽しみのはじまりはじまり!」


 両の手のひらをこすり合わせて、メフィストフェレスが楽しそうに叫んだ。

 グラウンドに降りて、芝生を踏んだ死者たちの表情が一変した。ある者は両膝からくずれ落ち、ある者は立ちすくみ、ある者は怒鳴り、ある者は安堵のため息をつき、ある者は爆笑し、ある者は微笑み、ある者は激しく泣き叫んだ。ビーチェは無表情のまま、こくん、と可愛らしく小首をかしげた。


 文字通り悪魔の笑みを浮かべながら、悪魔は言った。


「植えてあるのは芝生ではないんです。あれは勿忘草アドラステイア。死者に浸み込んだ三途レテの川の水を、その根が吸い尽くしてしまうのですよ。そう……あの人たちは、自分が誰だか、やっと思い出したのです。そして、自分が誰の審判を下したのか、もね!」


 法輪ハイロゥが発射されます。

 完全に固定されるまで、絶対に動かないで下さい。


 グラウンドの中央に、また新たなウィンドウが現れた。

 アナウンスも終わり、ウィンドウが消えると、さきほど大型バスが飛び出した壁のあたりから、無数の「短いやりのような何か」が、獲物を狩る矢のように吐き出された。


 金属の輝きを放つ無数の槍は、グラウンドにいる死者たちめがけて、恐ろしい勢いで突き進んだ。

 ぶつかる……と貴方が思った次の瞬間、すべての槍は、震えながらも身動きしないでいる死者たちの上空で、虫か鳥の集団のようにぐるぐると旋回した。

 いや、すべての死者が動かないでいるのではなかった。ひとりの青年が、ばっ、と身を地面に投げ出してうつぶせになり、両手を後ろに回し、首の裏で指を組んだのだ。自分の首を必死で守っているようだ、と貴方は思った。


「お、なかなか見所のあるかたがいますね~でも無駄なんだなこれが」


 悪魔が冷たい笑みを浮かべながらそう言った。

 すべての槍が、空中で、ぴたり、と静止した。そして、死者たちのほうに、ゆっくりと向きを変えると……彼らの頭めがけて飛びかかった。

 死者たちにぶつかる寸前、槍は打ちつける鞭のようにしなり、形を丸く輪のように変形させて彼らに張り付いた。貴方はその「やり」がなぜ「法輪ハイロゥ」と呼ばれていたのか気付いた。


 ある死者には、その首の周りに、まさしく法の首輪のように。

 ある死者には、その頭の後ろに、まさしく天使の輪のように。


 あの地に伏せた青年の首にも、その手をすり抜けるようにして、法輪ハイロゥが巻きついていた。


 グラウンドの中央に、「渦巻」が発生した。それは、風が舞うのではなかった。地面がまるで水のように波うち、その中心部ほど速い回転で渦を巻き始めたのだ。そのスピードはだんだん速くなり、首に法輪ハイロゥがはまった死者たちは足をとられてよろけ始めた。


 同時に、ドーム上空の光の玉が、回転するオーロラのような姿に変形していた。下から見上げたそれもまた、巨大な「渦巻」だった。光の渦巻はグラウンドのそれとは違い、激しい風を伴いながらその回転をしだいに速め、ゆっくりと地上に降りてこようとしていた。そしてその風は、頭の後ろに法輪ハイロゥが吸い付いた死者たちの衣服や髪をはためかせていた。


 天と地、ふたつの「大渦巻メイルストローム」は、死者たちを選別せんと回転していたのだった。良き者は天上へ、悪しき者は地の底へと吸い込むために。


 いかめしい顔の老人がわめいていた。

「私を誰だと思っているんだ!」

 貴方は横から、彼の審判を見ていた。

 無謀な運転と轢き逃げのあげく、何の反省もせず権力を使って逃げおおせた彼自身を、彼は「自己責任、自己責任だよ」と生前の口癖を呟いて、彼がふさわしいと思った審判を下していた。

 身分が卑しい者が落ちるべき地獄へと。

 そして、彼の法輪ハイロゥが闇のように黒ずんでゆく。


 気弱そうな老人が泣いていた。

「そうか、ぼくは自分を許しても良かったんだ……」

 貴方は横から、彼の審判を見ていた。

 病気が原因で会社を辞め、周りからののしられて、自分は生きるに値しないと思い込み、鬱と不眠症に苦しんだあげく、ついにみずから命を絶った彼自身を、彼は「この人はぜんぜん悪くないじゃないですか!」と叫んで、彼がふさわしいと思った審判を下していた。

 心安らかに眠れる天国へと。

 そして、彼の法輪ハイロゥが光をまとい輝いていく。


 まだ少年と言えるほど若い男が、呆然としていた。

 何が起きているのか、そもそも理解できていないようだった。

 貴方は横から、彼の審判を見ていた。

 セキュリティのゆるい展示会や美術館に忍び込んで、仲間と共にその作品をめちゃくちゃに壊すことを趣味にしていた彼自身を、彼は「実にクール!最高だね!」と、親指を立てて審判を下していた。

 クールな地獄へと。

 そして、彼の法輪ハイロゥが闇のように黒ずんでゆく。


 中年の女性が、少し震えながら、涙を浮かべていた。それでも背筋せすじを伸ばし、歯を食いしばってまっすぐ立っていた。

 貴方は横から、彼女の審判を見ていた。

 彼女の親友は、難病の末に亡くなった。年月がたち、その難病の深い知識をたまたま得て始めて、自分が親友に対して無自覚に心無いふるまいをしていたことに、彼女はやっと気付いた。「親友を苦しめた自分を許せない自分自身」に、彼女はふさわしいと思う審判を下していた。天国でふたたび友と会う前に、その同じ痛みを、その同じ年月のあいだ、ただ耐える地獄へと。

 そして、彼女の法輪ハイロゥが闇のように黒ずんでゆく。


 彼だか彼女だか分らない人が、勝ち誇るように微笑んでいた。

 貴方は横から、その人の審判を見ていた。

「この人は周りが理解してくれなくても、誇りを持って生き抜いた。それが一番大事なことだと思う」と言い、神様のみもとに行ったなら、ひとこと言ってやってほしいと、自分自身に課していた。「私は幸せだった」と。

 そして、その人の法輪ハイロゥが光をまとい輝いていく。


 若い男性が、真っ赤になって怒っていた。

「この俺をハメやがったな!」と怒鳴っていた。

 貴方は、彼の審判を見ていなかった。彼はビーチェの隣の席にいた男だった。

 そして、彼の法輪ハイロゥが闇のように黒ずんでゆく。


 若い女性が、おどおどと視線をさまよわせていた。

 貴方は横から、彼女の審判を見ていた。

 特に善行も悪事もせず、普通に生きてきた彼女自身に、彼女はなかなか審判を下すことができなかった。ついに「あの、いっそのこと転生……あ、それは最上位の天国経由になるんですかあ、じゃあ異世界転生っていう選択肢は……ですよね~ じゃ、とりあえず、ほどほどの天国行きをあげちゃいます。ぜいたくな旅行感覚で」と、審判を下していた。いま彼女は呟いていた。

「いいんですか、本当にいいんですか……私なんかが天国に行っちゃって……」

 そして、彼女の法輪ハイロゥが光をまとい輝いていく。


 30代の男性が、白目を剥きながら呟いていた。

「……そうきたか」

 貴方は横から、彼の審判を見ていた。そのとき彼は語っていた。


「バレバレだよ。この支援AIが俺自身を審判しているシステムだってのは。馬鹿なら迷わず天国を選択するんだろうけど、それは審判放棄の結果と同じだからただの罠。対象者への十分な検討が成されないと減点評価になるに決まってるだろ。かと言って長時間ぐだぐだ働くのは無能の証明。この架空の人物はこれだけ個人情報が収集されてる段階だぞって見え見えの設定なんだから、当然あるはずの事前調査スタッフが作った報告書を見つけて確認、これができるやつの得点になるわけ。ビンゴ、さすが俺の質問力。フォルダ名はHaloDesignか。あとは管理職としてのさじ加減? うん、俺はあの世管理の幹部抜擢まで意識してる。この阿呆はコンプライアンス違反を色々やらかしてるって設定もあるけど、懲罰ってだけじゃ人並みだから、利益追求のためのキャリアアップの観点として、まず出向、加えて死後の時間感覚を加味できるか、とか、文字通り鬼上司になれるか、ってあたりも上の評価項目か。それに、あー、俺は正直言ってこういうやつが一番嫌いだ。私情が入るけどAIとの差別化も必要だと思うんだよね。まあ、意見書をつけてやって100年間の地獄出向後に天国に迎える、って所が妥当かな。んで、俺はこいつみたいなやつの上司になってると。パーフェクト」

 そして、彼の法輪ハイロゥが闇のように黒ずんでゆく。


 小柄で老いた女性が、屈辱に顔を真っ赤にしてぶるぶると震えていた。

 貴方は横から、彼女の審判を見ていた。

 結婚制度を真っ向から否定していた評論家の老女は、実は自分が結婚していることを長年のあいだ秘密にしていた。そんな自分自身に「いかなるエシックス的理由があろうとも実際に結婚という国家制度を利用することは、ヴァギナを搾取するミソジニー及びルッキズムの肯定である。人間として決して許されない……が、虐げられた女性性であることを鑑みて本人にわずかでも反省があるならば、健康で文化的な最低限度の天国を与えてもよい」という審判を下していた。

 そして、彼女の法輪ハイロゥが光をまとい輝いていく。


 上品な美貌をゆがめて、中年だが20代後半のように見える女性が叫んでいた。

「フェアじゃない!こんなのフェアじゃないわ!」

 貴方は横から、彼女の審判を見ていた。

 彼女は、夫の地位に基づくヒエラルキーが作り出すグループの、女王だった。自分に逆らう者は、集団で苛め抜いて自殺に追い込むこともあった。住民運動を率いて、高級住宅街にふさわしくない孤児養護施設を潰したこともあった。そんな彼女自身に「この程度の地位で満足しているなんて、向上心がないかたねえ。歯がゆいわあ。夫もそう。世の中には、いくらでも上がいるということを、忘れてらっしゃるのかしら。やる気がでるように、わたしが応援してさしあげますわ」と美しい微笑みと共に言い放ち、ふさわしいと思った審判を下していた。

 寄生虫に体を食い尽くされる地獄へと。

 そして、彼女の法輪ハイロゥが闇のように黒ずんでゆく。


 四つん這いになって、ぜいぜいと息をしている太った中年男性がいた。

「あぶねー、あぶねー!」と彼は繰り返し呟いていた。

 貴方は横から、彼の審判を見ていた。

 彼は自分の趣味にかまけて、浮気こそしないものの、最愛の人と呼ぶ自分の妻に何度も寂しい思いをさせていた。そんな彼自身に、彼は「なんだこいつ、言ってることとやってることが違うじゃん」と評価を下し、何年かの地獄送りをさせようとして……「まあ、それほどでもないか。奥さんに会って謝れよ」と寸前で決定をくつがえした。

 そして、彼の法輪ハイロゥが光をまとい輝いていく。


 壮年の男性が怒鳴っていたが、興奮しすぎているせいなのか、貴方にはまるで外国語のように聞こえて理解できなかった。

「〇〇〇!〇〇〇〇〇、〇〇!」

 貴方は横から、彼の審判を見ていた。

 彼は牧師だった。言葉巧みに信者の少女をたぶらかし、欲望のはけ口にしていた彼自身を、彼は「神よご照覧あれ! その御手をわずらわせないように、わたくしが貴方に成り代わりまして、この卑しき罪人に神罰を下します」と貴方に理解できる言葉で叫んで、ふさわしいと思った審判を下していた。

 永遠にその身を焼かれる地獄へと。

 そして、彼の法輪ハイロゥが闇のように黒ずんでゆく。


 その牧師が両手で顔をおおい、ちらちらと指の隙間から上空を見上げながら、何かに期待するかのように呟いた台詞は、貴方にも理解できる言葉だった。


「神よ……?」


 その台詞を聞いたとたん、メフィストフェレスは悪魔らしく大爆笑した。


「HAHAHAHAッ! いやー、今日は大当たりです! ほら、他にも、あんな面白い人がいますしね!」


 悪魔が指さしたのは、さきほどうつ伏せになって法輪ハイロゥから逃れようとした青年だった。

 貴方は横から、その青年の審判を見ていた。

 恐るべき自然さのために発覚することなく、百人近く殺し続けた彼自身のことを、彼は「いやあ、ひどい人もいたもんですね。こんな人は、相応の罰を受けなきゃいけないと思うんですよ」と、人好きのする輝くような笑顔で評したのだった。彼のその言葉を、貴方は信じていなかった。貴方が立ち去った後で、その決定をひるがえし、自分と同じ価値観の審判対象である彼自身を肯定して、天国に送る決定をするだろう、と貴方は考えていた。


 いま、彼はまったくの無表情で、あたりを見回し、そして駆け出した。

 渦巻く勿忘草アドラステイアを踏みつけながら、大型バスにまっすぐ向かう彼を見た悪魔は、好物を前にした美食家のように目を細めた。

 光の渦に引っぱられて、少しずつ浮き始めたバスに駆け寄った青年は、ばんばんと扉を叩き、悲壮な表情を浮かべて叫んだ。


「助けてください! 助けてくださーい!」


 その声と表情は、事情を知っている貴方ですらも、思わず心が動きそうになるほど、「本物らしい哀れさ」にあふれていた。しかし、中から何の反応もないことに気付くと、彼はまた虫のような無表情に戻り、しばらく浮いていくバスを冷静に観察した。そして、何のためらいもなくバスの下に潜ると、車体の隙間に体を押し込み、全身でしがみついた。

 そして、彼の法輪ハイロゥが闇のように黒ずんでゆく。


「なかなかいい所に目をつけますねえ、はてさて」


 メフィストフェレスがまた、両の手のひらをこすり合わせながら言った。


 いまや法輪ハイロゥを後光のように光り輝かせた良き死者たちは、風まく光の中、最初のうちはゆっくりと浮き上がり、しだいにスピードを速めて「昇天」していった。ある者は祈り、ある者は微笑み、ある者は泣きながら。ゴスロリ少女は両手でいだくようにしっかりと日傘を掴み、ドレスのフリルをはためかせ、きつく目をつぶりながら昇っていった。

 すべての良き死者たちが光のビームの中に消えると、大型バスがくるくると回転しながら後を追うように飛んで行って、それも消えた。


 一方、グラウンドの大渦巻もまたその回転の激しさを増していた。その中央にはくらい大きな穴が開き、漆黒の首輪をつけた悪しき死者たちを、その悲鳴とともに飲み込んでいった。

 最後に、何かの塊がいくつか、上空から穴の中に落ちてきた。貴方は、そのうちのひとつと「目」が合った。それはあの逃げた青年の生首だった。

 地獄行きの人間が、この程度の出来事で終わりになるはずもなかった。これが彼にとっての責め苦の始まりなのだ。


 ふたつの大渦巻は、グラウンドにいるすべての死者を飲み込むと、しだいに回転をゆるめていった。輝くオーロラの天幕は光の球体へと引き込まれ、大地の大渦は静まって穴もふさがり、もとの緑、勿忘草アドラステイアをたたえたグラウンドに戻った。いま選別を受けた死者たちがいた区画にまた椅子が出現し、別の新たな死者たちがどやどやと入場してきた。彼ら一団は、いま観客席にいる死者たちの一番最後に選別を受けることになる……何度も何度もさきほどと同様のイベントを見せられながら、審判のときと同じく席から立つこともできず、ただ自分たちの番を待つしかないのだった。







 次の選別が始まります。

 グラウンドに出てください。

 絶対に拒否することはできません。







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