5-2 呪いを解く方法
食い入るようにそのサイトを読んだ。真っ白な背景に、無骨な文字が淡々と並んでいる。
はじめに夜通埼神社の呪いについての説明と、それに纏わる事故の報道や警察発表の内容、下のほうに呪いの対策が書かれている構成だ。
これを読んで初めて知ったのだが、夜通埼神社の呪いは、かなり根の深いもので、四百年も前から全国八箇所に広がっているような大規模な呪いだったのだ。
そしていよいよ、呪いから逃れる方法が書かれている部分へと突入した。
『――最初に書いたとおり、夜通埼神社の呪いとは、全国八箇所に跨る渡塗屍婆の人柱がその因果である。気づいた人も多いとは思うが、この呪いによる犠牲者の数は常に人柱の数と同じ八人である。私はこの呪いについて回避し得たという情報を残念ながら掴んではいない。けれども常に犠牲者は八人という点に注目して再度調査を行ったところ、次のような点に気付いた。
・呪われた人数が八人未満。
呪われた本人たち+その本人たちと血の繋がりのある者(すなわち伴侶は含まない)が犠牲者となり、最終的には八人になる。
・呪われた人数が八人以上。
呪われた本人たちの中から八人が犠牲者となり、残りは死を免れる。
ここである仮説を導き出すことができる。
すなわち意図的に八人の犠牲者を出すことにより、生き残る人物を選ぶことができるのではないかということだ。
その視点で過去の事例を調べてみると、私と同じような仮定を立て、実際に行動に移した事例があることがわかった。(詳しくは「人為的に選別した例」を参考のこと)。
結論を言うと、呪われた人数が八人以上である場合に限り、呪いを免れることができる者が存在する。結果的に犠牲者が八人になれば、逃げ切るような形で、生き残ることができるのだ』
淡々と書かれているため、それほどのショックは受けない。だがその内容をよく読んでみると、そこには恐ろしい内容が書かれてある。
殺される前に殺せ。
そう書いてあるのだ。あのとき肝試しに参加したメンバーは八人。それとたまたま居合わせた優一を加えると九人になる。
そのうちの誰かがこのサイトを見て、実際に行動に移したとする。行動とはつまりは殺人だ。そうすればその人物だけは助かることができるのだ。少なくともこのサイトにはそう書いてある。
刑事が言っていた動機。もしその動機が『自分だけが生き残りたい』というものであれば、肝試しに参加した全員が動機を持つことになる。
今生き残っているのは、四人。弘瀬に陽奈に正治、そして優一だ。
死んだのは五人。大輔に美花、歩に都巳、そして圭。生き残るのは一人だから、共犯という線は考えにくい。
誰もが怪しかった。だけど弘瀬は、陽奈が犯人だとはどうしても思えなかった。
いや、思わないと誓った。そこはどうしても譲れない信念なのだ。ならば怪しいのは優一だ。その行動には不可解な部分が多過ぎる。
いや、違う。
弘瀬は頭を振った。優一を怪しいと思うのは理性ではない。彼を悪役にしたいと願う自分の醜い心なのだ。決め付けでしかない。
では正治はどうか? それも消去法的な決め付けに過ぎない。彼を疑うだけの根拠はない。
根本的な部分で考え方が間違っているような気がした。呪いはこの世に存在するのでは? と自分は疑っているのだ。
呪いに比べれば、自分が生き残るためだけに、八人もの人間を殺そうとしている人物がいることのほうが、非現実的だ。
少なくとも弘瀬は、このサイトを見ても人を殺そうとは思わなかった。
もう他人を疑うのはよそう。弘瀬はそう決断した。
『戻る』を押して画面を切り替える。今調べるべきは、呪いを祓ってくれそうな霊媒師などを探すことだろう。
そうしてしばらくサイトを巡っていると、スマホが鳴った。着信は初音からだ。
「弘瀬、無事?」
初音の切羽詰まった声に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。最後に会話してから一日も経っていないのに、なぜか懐かしい気持ちがした。
「弘瀬、落ち着いて聞いて。『肝試し事件』の動機がわかったのよ。いい?」
前置きをしてから、初音は先ほど弘瀬が得た情報と、まったく同じ内容を伝えてきた。同じサイトを見たのだろう。そして全員が怪しいから、警戒するようにと忠告してきた。
「心配してくれてありがとう。でも俺、他人を疑うのはもうやめたいんだ。そんなことをするような人なんていないと思う。だから、これらの事故は呪いのせいなんだ」
「はあ? なに言ってんの? 人がいいにも程があるわよ。それじゃ、ただの馬鹿よ。いい、この世に呪いなんてないの。誰かが生き残るために他人を殺しまくってんのよ。犯人は一人じゃないかもしれない。サドンデスゲームになっている可能性だってあるの」
「それは俺に、その殺人ゲームに参加するよう言ってるのかな?」
「誰もそんなことは言ってないわ。注意してって言ってるの」
「初音は俺が被害に遭うことばかり心配しているけど、俺が犯人だとは思わないの?」
電話の向こうで息を呑む音が聞こえた。おそらくはまったく想像だにしなかったことを言われて、戸惑っているのだろう。
「……思ってないわよ。弘瀬にそんなことできるとは思ってないから」
「うん、ありがと。それと同じように俺も、真白さんや上原くん、波佐見さんが犯人だとは思わない。彼らも俺と同じ立場なんだよ。疑われたりしたら凄く悲しいと思う」
「ちょっと待って。どうして四人なの? 数が減ってない?」
相変わらずの勘のよさに、弘瀬は素直に感心した。
デートのときに現れた人物の名が波佐見優一であること。そして肝試しのときに現れたバイクの男も彼だったことを話し、続けて圭と美花の死を伝えに、警察がやってきたことを話した。
「弘瀬。……よく考えて。二人の死は明らかに人為的なものよ。それでもメンバーの中に犯人はいない、呪いなんてものが存在するって思うの?」
「うん」
「馬鹿じゃないの?」
「うん、ごめん」
「はあ、もうどうすればいいの?」
「とりあえず、元気出して」
「なんで私のほうが心配されてんのよ」
「ごめん」
「はあ、とりあえず、警察が本格的に捜査をはじめたってのは本当なのよね? サークルメンバー以外の快楽殺人犯がいる可能性だってあるわ。身の安全には十分注意して」
「うん、わかった。初音も気をつけてね」
「私は大丈夫よ。今H県にいるから。弘瀬もおいでよ。たぶんこっちのほうが安全だわ」
「そうだね。明日、真白さんたちを連れてお祓いに行こうと考えてるんだ。それが終わったら」
「……そう。……ほんとに、もう。とにかくマジに注意してね」
最後にそう言い残して、電話が切られた。何度も重いため息を吐いていたことを考えると、本気で呆れさせてしまったようだ。
初音の好意を無碍にしてしまったことに、軽く胸が痛んだ。
と、そのときだ。再び手の中のスマホが鳴った。着信を見る。
それは意外な人物からの電話だった。
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