4-2 目撃者を探せ

 それから一時間後、初音たちは新新地駅に着いていた。

 飲食店や衣料関係の店舗をいくつも抱え込んだ、近代的な高架駅だ。


 事故のあった北新地駅は、すでに廃駅となっており、そこで働いていた従業員の多くは、今は新新地駅に勤務しているそうだ。


「で、駅に着いたけど、どうするんだ?」


 敬一郎が傍らの初音に質問する。


「そうね。とりあえず直接訊いてみるわ」


 初音の言葉に、木村が軽くずっこけた。


「そんな直接的な方法なんですか? 自信満々の顔をしていたから、何か秘策があるかと思ってましたけど」


「直接的だろうと間接的だろうと、どっちでもいいの。聞き込みは捜査の基本よ。手間を惜しんだら、得るモノも得られないわ」


 初音はきょろきょろと周囲を見渡すと、髪にうっすらと白髪が混じっている糸目の駅員の元へと駆け寄った。


「しかし、どういう風に聞き出すつもりなんでしょうかね? 素直に話してくれる内容ではないと思うんですが」


 木村は初音の背中を追いかけながら、隣の敬一郎に疑問を投げかける。


「さあ、やっぱカマかけたり、世間話からさり気なく振ったりするんじゃないでしょうか」


「なるほど」


「あの、すいません」


 初音が元気な声で、駅員に話しかけた。


「私たち二年前の冬に北新地駅で起こった人身事故を調べているんですけど、その時の運転手さんを紹介してもらえませんか?」


 あまりのストレートな質問に、木村も敬一郎も冗談ではなく本気でずっこけてしまった。


 尋ねられた駅員も、あまりにも不躾で唐突な質問に面食らったようだ。

 ぎょっとしたような顔を浮かべ、次に訝しげに初音のことを観察し、咎めるような表情で口を開く。


「そんなこと教えられるわけないだろ。一体君は誰だね? どうして今更あのことを調べているんだ?」


「実は私、あの事故で亡くなった小田博子さんの親友だったんです。事故があった当時は頭が混乱していたせいか、なんとも思わなかったんですけど、最近おかしいなって思いはじめたんです。先生は絶対に教えてくれなくて、あのとき電車を運転していた人なら、私の疑問に答えてくれるかなと思って。――っていうか、今の反応で確信しました。あなたは北新地駅で起こった事故のことを知っていますね? そのときの運転手さんを教えていただけませんか?」


 初音は駅員の目をじっと見つめたまま、一気に言い切った。


 対して駅員の反応は悪い。言い訳を探すかのように視線を動かしたあと、何もないことを悟ると、軽く息を吐いた。


「その事故のことは知っているよ。運転手が誰かも知っている。でも、そういうことは言わない決まりになっているんだ。ここだけじゃない。社会の常識だよ。ここにいる誰に訊いたって、同じ答えが返ってくる。悪いことは言わない。事故のことは忘れなさい。警察が言った内容がすべてだ」


 科白の最後のほうは初音を跳ね返すような、強い口調になっていた。


 初音はなんとか事故のことを聞き出そうとしたが、結局駅員の口から情報が漏れることはなかった。


「残念でしたね。でも、どこでもこんな感じになると思いますよ」


「しかし驚いたな。立花は勘がいいよ。一発で事故を知っている人を見つけ出すなんて。なんか理由でもあったのか?」


 半ば憤慨気味に帰ってきた初音に向かって、二人が慰めの言葉をかける。


「別に。私って糸目が好きなのよね。なんとなくイイ男って感じしない? でも、変よね。なんで事故のことを隠すんだろう?」


「えっ、普通じゃないですか?」


「あんたの常識はどうでもいいの。だって、別に誰かに迷惑かけるわけじゃないでしょ? こっちは運転手を責める気なんてさらさらないんだから。あの反応って鉄道会社のほうに非があるって言っているようなもんじゃない?」


「落ち着けよ、立花。運転手だって人間だ。トラウマになってるかもしれないじゃないか。結構カウンセリングに通ったりする人、多いって聞くぜ。本人を守るようなルールをつくるのは普通だろ」


 そのあと初音は十数人の駅員に北新地駅での事故の件について尋ねたが、大した情報を得ることはできなかった。


***


「へえ、あれが事故があった北新地駅なのね」


 新新地駅を後にした初音たちが次に向かったのは、事故現場である北新地駅だった。


 特に目的があったわけではないが、新新地駅から車で五分くらいの距離だったので、とりあえず行ってみることにしたのだ。


 事故が起こってから一ヶ月ほどで完全に路線は廃止され、それ以来この駅は使われたことはないそうだ。


 逆に考えれば、事故当時の様子をありのままとまでは言わないまでも、かなりの形で残していることになる。


 改札口を通って中に入った。駅は対面式ホームの簡素な造りで、二本の線路が走っている。

 ホーム同士を繋ぐ橋などはなく、反対側のホームへ行くには、一度外に出る必要があった。


 屋根の下には、色褪せたピンク色の長椅子が間をあけて三つ並んでいて、その上に積もった埃が時の年輪を思わせる。


 不思議に思ったのが、悪戯書きなど、誰かが侵入した形跡はあるのに、ゴミや空き缶の類が一切ないということだった。


 その理由はすぐに判明する。すべてが色褪せてしまった駅の中で、そこだけは鮮やかな色彩を放っていたからだ。


 初音は吸い寄せられるようにその場所へ移動すると、手を合わせて目を閉じる。


「花ですか。それも最近置かれたものですね」


 木村が感心したように言って、黄色い花が数本差してある花瓶を興味深そうに眺めた。そして初音の横に並び、同じように手を合わせる。


 遅れて敬一郎もそれに倣った。


「意外ですね。立花さんはお祈りとかしないタイプに思っていたんですけど」


「別に霊とかの存在は信じないけど、それと死者を悼む気持ちは別モノよ」


 言って、初音は駅の中を見て回った。


 しかし、特段変わったところのある駅ではないので、なんの収穫も得ることなく、すぐにホームの先端へとたどり着く。


 そのときだ。


 ふと、初音はそれに気づいた。


 線路脇にある金網のフェンス、その一部が内開きのドアのように、線路側に傾いていたのだ。


 それ自体は特に異常なことだとは思わなかった。むしろこの廃墟と化した風景には、あって然るべき存在だっただろう。


 ただただ、こう思っただけだ。


 人が簡単に出入りできそうだな、と。


 その瞬間、唐突にある疑問が浮かび上がってきた。


 目撃者が誰もいなかったという話だが、本当に運転手と当の本人たち以外、誰もいなかったのだろうか? 


 それは一体、誰が決めた話なのか? 


 目撃者がいなかったはずなのに、二人しかいないと断定されている点は、おかしくはないか?


 他にも人がいたと仮定してみたらどうだろう?


 一番に思い浮かぶのは、ほかの虐めっ子だ。彼女たちはイジメの存在を隠そうとしたのだから、当然自分たちの存在も隠そうとするはずである。


 いや、それはないか。それだとこの事件に関してもっと決定的な噂が流れているはずだし、彼女たちがこの件に関して、陽奈を問い詰めたという事実に反する。


 可能性だけで言えば、虐めっ子以外にも人がいた可能性だって十分あるのだ。


 果たして陽奈の味方は誰一人いなかったのか? そういえば、陽奈にはあのイケメンの男がいたはずだ。


「あっ、しまった!」


 初音は思わず声をあげてしまった。完全にあの男の存在を忘れていた。


 よくよく考えれば分かりそうなものだが、陽奈は体力的には女性であることを差し引いてもひ弱なほうだ。

 対して小田博子は、勝気な性格の上にスポーツが得意だったと、敬一郎から聞いている。


 吹けば飛んでいってしまいそうな陽奈に、博子を突き落とすことができただろうか? 


 そういえば最初に『フェアリーサンデー』で陽奈たちを見たときに「あいつは死ぬべきだった」とかいう科白が出ていなかっただろうか? 

 

 それはもしかしたら、小田博子のことを話していたのかもしれない。


「立花、どうかしたのか? 大声出して」


 初音の声を聞きつけて、木村と敬一郎が駆け寄ってきた。


「篠原。事故があった頃だけど、陽奈ちゃんは孤立していたと言ってたわよね? 女の子の友達は皆無だったの?」


「いや、俺も断言できるわけじゃないけど、いろいろ聞いた限りじゃ、女子は巻き添え食うのを嫌がって、誰も仲良くしていなかったらしいぞ。まあ、実際に休み時間とかは常に一人だったから、事実だとは思うけど」


「男友達は? 彼氏とかもいなかった?」


「いや、いなかったと思う。確かに彼女は男に人気があったから絶対とは言えないけど、少なくとも男友達はいなかったし、彼氏がいたって噂も聞いたことはないな」


 そこで初音は、弘瀬が会ったというイケメン眼鏡の話と、自分が耳にした陽奈とイケメン眼鏡との会話の内容を、敬一郎たちに話して聞かせた。


 黙って聞いていた敬一郎だったが、ゆっくりと首を振って、やっぱり心当たりがないと答えた。


「そう、じゃあ、関係ないのかしら。まあ、いいわ。その点も調べましょう」


 とそのときだ。敬一郎のスマホが着信音を鳴らした。敬一郎は電話に出ると、「うんうん」と頷いたあと、電話を切った。


「もしかして今の?」


「ああ。従兄の隆文兄ちゃんからだ。協力してくれるって。新新地駅前のファミレスで待っているってさ」

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