3-2 陽奈の過去
電車が停止する。
気がついたら見慣れた駅の風景だった。みんなに続いて電車を降りると、圭が話しかけてきた。
彼の後ろには一人の青年の姿。サークルのメンバーではないので直接話したことはなかったが、何度か姿を見たことはある。
確か名前は櫻井で、弘瀬よりも一学年下だったはずだ。
圭がこの三人だけで話がしたいと言ってきたので、弘瀬たちは近くのファミレスに入った。人気のない隅のテーブルに腰掛けてから注文をする。
「弘瀬。お前、真白さんと付き合ってるんだよな?」
注文が運ばれ、しばらく経ってから、圭が口を開いた。
弘瀬は頷きながらも、圭がどこでその情報を仕入れてきたかが気になった。
隠すつもりはなかったが、大輔以外に漏らしたことのない秘密だったからだ。
そんな弘瀬の疑問を知る由もなく、圭はさらに質問を投げかける。
「彼女のことをちょっと知りたいんだ。教えてくれないか? 彼女は日頃どんな感じだ? 性格は? 見た目どおりか? 好きな本とか映画は?」
弘瀬は訝しみながらも、とりあえず質問に答えてみる。
けれどもそれは、彼女のことをほとんど知らないと自覚させるものだった。
「そうか。じゃあ、一昨日の晩、彼女は何をしていたか知っているか?」
「えっ、いや、知らない」
弘瀬は胸騒ぎを覚えた。
―昨日の夜。
思い浮かべるのは歩の死。
彼らの態度はまるで、歩の死に陽奈が関与していると言わんばかりだ。
「弘瀬、落ち着いて聞いて欲しい」
嫌な予感がした。おそらく次に発せられる言葉は、決して良いものではないだろう。
「彼女は過去に人を殺している」
弘瀬は眩暈を覚えた。現実味のない単語に、頭が軽くショートする。
今なんと言われたのだろうか? 人を殺している。そんなふうに言われたような気がする。
「圭、何を言って――」
「信じられないかもしれないが、本当のことだ」
圭は真剣な表情で断言して、続きを説明するよう、櫻井に促した。櫻井がぺこりと頭を下げて、口を開く。
「俺は愁然館高校で二年のとき、真白さんとは同じクラスだったんです」
櫻井は早口に説明をはじめた。
最初は緊張しているのかと思ったが、どうやら元から早口なしゃべり方をする人物らしい。
「真白さんは昔からどこか浮いた感じのする美人で、男子たちには秘かな人気があったんですよ。ただ人見知りが激しくて、話しかけづらかったから、男子の友達はいませんでした。
だから男連中はほとんど知らなかったんですけど、彼女、酷いイジメに遭っていたんです。イジメの内容はたぶん尾ひれがついてしまって、正確なのはわからないんですけど、俺らが聞いてすぐに思い浮かべるレベルの、遥か上だってのは間違いないらしいです。
で、高二の冬休みなんですけど。今から二年前ですね。彼女を虐めていた中心人物、あくまで噂で主犯って言われてるだけで本当かはわからないですけど、とにかくそいつが死んだんです。電車に轢かれて。
おかしなことに目撃者が誰もいなくて、――今回と同じですね。事故かどうかはわからないですけど。そのとき駅のホームにいたのが真白さんと、亡くなった、ああ、名前は確か小田博子って女ですけど、その二人だけだって話です。虐めるほうと虐められるほうが一緒にいるってのは、なんとなく分かるんですけど、その虐めているほうが死んだとなると、そりゃあ、ある可能性を思い浮かべるわけですよ」
「うん、だけど、それだけじゃ疑われているレベルじゃないかな? 証拠とかはあったりするの?」
黙って聞いていた弘瀬だったが、ここで口を挟んだ。
どうも確定の話をしているわけじゃないように思えたからだ。
櫻井は首を横に振ってから続けた。
「いや、証拠はないです。警察もいろいろと調べたみたいですけど、結局は事故ってことで片付けられたですし。ただ俺らの間じゃ、学校側の体のいい逃げだって言っています。これが殺人だったら、学校側はイジメがあったことも、そのせいで殺人が起こったことも公表しなければならないですから、イメージが悪いじゃないですか。
真白さんだってそうです。仮に正当防衛だったとしても、それを証明するだけでも結構大変ですし、目撃者がいない状況では、真白さんが計画的に殺人を行った可能性だってあるわけですから、変な噂が立つわけじゃないですか。
実際、事故が起きた当初は、俺らはただの事故死だって思ってたんですよ。だから彼女としても事故死って結論が一番よかったと思うんです。警察もその辺の事情を汲んで、実際は違うって知っているけど事故死扱いにしたんじゃないかって、みんな思っています。
で、俺らがなんで真白さんが虐められてたことを知ったかというとですね、もう一人彼女を虐めていた生徒がいたんですけど、そいつが廊下の階段から転落して、これまた死亡してしまったんですよ。頭の打ちどころが悪かったとかいう理由で。……そういや今回も転落死でしたよね?」
今回とは歩の件のことだ。
妙な関連性を指摘され、微妙な空気が辺りを包み込んだ。
「それで?」
続きを促したのは圭だ。
「はい。その虐めっ子が死ぬ直前に詰め寄っていた相手というのが真白さんで、小田博子の件を問いただしていたようです。……そして、死んでしまった。落ちた瞬間を目撃した者はいなかったですが、階段の踊り場に真白さんがいた事実はすぐに分かって、当然、警察沙汰になりました。
ですが、真白さんは興奮した彼女が勝手に足を滑らせたと言って、結局はその証言がそのまま信用されるかたちで、この件は決着がつきました。けれども、真白さんを虐めていた二人が立て続けに亡くなったことで、イジメの件と真白さんが人殺しかもしれないという噂が俺らの耳にも入ってきたんですよ」
重い沈黙が降りた。
どちらも状況証拠だけで、決定的なモノはないもない。
いや、だからこそ、何が不気味なモノを感じてしまうのだ。
「それと最後の件ですが……」
「まだあるの!?」
弘瀬は悲鳴のような声をあげてしまった。
「はい。真白さんを虐めていたのはあと一人いまして。結局は、そいつも亡くなりました。自殺だったそうです。遺書もあって」
「じゃあ、真白さんは関係ないんだ?」
「いや、それが。……その自殺した子は、転落死があった次の日から学校に来なくなったんですよ。自分も殺されるかもしれないと言って。そしてちょうどその頃、真白さんも学校を休んでいたんです。一ヶ月ほど。そして自殺は、そのときに起こった。
死亡時刻は平日の昼間で、家に家族はいなくて、無人だったそうです。そして、真白さんも学校を休んでいて、聞いた限りじゃアリバイもなかったようです。そしたら普通思うじゃないですか? 実は自殺に見せかけた殺人だって」
「それで警察は?」
「自殺ということで収まっています。遺書もあったですし、彼らには真白さんを疑う理由はないですから。だから、真白さんが人殺しだってのは、俺らの噂でしかありません。ですが、真白さんを虐めていた三人が死んでしまったのも事実です」
気づけば、喉がカラカラに乾いていた。
コップの水を流し込むと、臓腑に染み入るように冷たさが広がっていく。
――どう、答えてよいか分からなかった。
「信じられないかもしれないが、今の話は本当のことだ。俺だって自分の近くにそんな人物がいるとは思いたくはないさ。だがな、こんな短期間に二人も死ぬなんておかしいと思っている」
「でも……、でも今回は違う。大輔たちが真白さんを虐めていた事実はない。真白さんには大輔たちを殺す理由がないじゃないか」
「そうだね。だけど、俺らが知らないだけで理由はあるのかもしれない」
「たとえば、殺人の快感に目覚めて殺人鬼になったとか?」
櫻井が発言し、すぐに不謹慎だと思ったのか、「すみません」と謝った。
「とにかく、彼女には気を付けるんだ。何かあるとすれば、一番近くにいるお前が危ない」
最後に圭がそう締め括って、三人は外へ出た。
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