第4話夢の果ての先


世界は微睡んだ混沌に呑まれていた。


色もなく、形もない世界。


だがおかしい。


夢なら先程まで見ていた筈なのに。


ならばここはどこ?ならばこれは何?


そもそも、あれは何だったのか。


夢を見た夢?夢の中の夢?


わからない、わからない。


ここでは思考は働かない、ここでは事実を知り得ない。


微睡みが晴れる、夢幻の世界が終わってゆく。


不透明なまま終わってしまう。


何もわからず戻ってしまう。


嫌だ、戻りたくない。


嫌だ、戻りたくない。


嫌だ、戻りたくない。


帰ってくるんだ。


あの感情が帰ってくるんだ。


怖いって感情が。



「んっ………ぅん………」



目が覚めた。


時刻は凡そ昼頃だろうか、しかし寝起きの彼にはそれを知る術はなく、直視せざるを得ない現実が意識の全てを拐った。


見慣れない天井、白い空間、大きなベッド、着ていたはずの衣服の喪失、真新しい白い服。


そして。



「お目覚めかい?随分と遅かったね」



見知らぬ誰か。


困惑は当然だった、夢と確信した筈の出来事は目を覚ませども終わらなかった。


ならばこれは現実なのか?わからない、わからない、わからない。


混濁する思考は纏まりを知らず、悪戯に分散し、緊張と恐怖の種を撒く。



「えっと………あの…………」



息苦しい、汗が止まらない、胃が痛い、ただ辛い。


ベッドの横で腰掛けていた白髪の男性は、アギトの表情で事を察し、立ち上がった。



「大丈夫!落ち着いて、我々は君に危害を加えないよ」



彼の知る言葉で語りかけるも、その言葉は届かない。


恐怖が、恐怖が帰ってきた、恐怖が帰ってきたのだ。


血の気が引く、震えが出る、動悸が早まる、感覚が狂う。


苦しい、助けて、苦しい、助けて、助けて、助けて。



「不味いな…なら、"セティア"」



彼の変容を目の当たりにした白髪の男性は唐突に掌をアギトに向け、何かを言った。


男性の行動に反応し、アギトは身体をびくつかせ、より一層内包する恐怖心を肥大させた。


決壊寸前の彼の心は無惨にも崩れる、と思われたが、目の前のそれを捉える事で、崩壊には至らなかった。


それは光、掌から溢れる白く柔らかい光だ。


不思議な光景に目を奪われ、離すことが出来ない、目前の現象はまさに超常、日常が染み付いた彼にとって、この光は好奇心の絶好の標的だった。


よく見ると光はアギトへと向かい、彼の身体に触れると、全身を優しく包んだ。


同時に先程までの悪寒や緊張、恐怖は嘘のように消えた、心が穏やかになるのを、不思議そうにしながら感じている。



「……どう?大丈夫かい?」


「は、はい………大丈夫、です」



光は徐々に弱まり、次第に消えてしまった。


彼の知る現実にはこんな現象など存在しなかった、だが彼はこれに対して思い当たる所があった。



「あの……これって…魔法?」


「知っているのかい?話が早いね」



知っている、よく知っている。


幼少から娯楽文化に浸り、多くの時間を費やし、様々な場面でそれを選択、行使してきた彼はその力を熟知していた。



「細かく言えば、"魔術"って呼称が正しいかな」



魔術、意味合いで言えばそう変わらないはずだが、訂正する辺り、何か意味があるのだろう。


白髪の男性は続ける。



「自己紹介がまだだったね、私はゲゼル、ゲゼル・ハープナーだ、君の名前は?」


「あぁ…えっと……アギト…です、シジン・アギト…」



俯き加減で弱々しく口にした名前。


彼は昔から自身の名前を口にするのが苦手だった。


特撮好きの両親から授かったこの名前のお陰で、幼い頃はよくからかわれていたのを今でも覚えてる。


完全に名前負けした自身、使った漢字、流行など、様々な要因から苦い経験を強いられてきた。



「アギト…か、いい名前じゃないか」



だからこの反応は意外だった、これまで生きてきて自らの名前を素直に"いい名前"と言われたことはなく、その一言だけでもうゲゼルに対する好感は上がった。



「あ、ありがとう…ございます…」


「よし、これで互いの名前を知った、それじゃ本題に移ろうか」



不馴れな感覚を噛みしめている最中、ゲゼルは切り出す。


本題、右も左もわからぬアギトにとって、それが何を指すのかはハッキリとはわからない、ただまず、まず何より一番最初に聞きたいことが既に喉元に控えている。


満を持し、暖められた一言が吐き出される。



「あの、ここって…どこですか?」



知りたいことは腐るほどある、聞きたいことは腐るほどある、だがそれよりもまず、事実を受け止めるためにまず、ここがどこかと問う。



「ここはオロバス、魔導技術に富んだ機械の国さ」

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