第2話知らない言葉


「え?……え?」



それは純粋な困惑だった。


先程まで見慣れた夜道を歩いていた筈なのに、今は見知らぬ白い部屋に座り、複数の知らない顔に囲まれ、拍手喝采を浴びている。


更には彼らの話す言葉も知らない、わからない、聞いたことがない。


日本語以外の言語なんて程度ではなく、本当に意味不明な言葉。


完全に異質な言語なのだ。



「なんだよ……これ…………なんだよこれ!!」



感情が口から零れる。


困惑は次第に恐怖へと変わり、体を奥底から震わせる。


これが夢かどうかとも考えた、しかし例え夢でも今の彼に状況を打開する策も無ければ、冷静になる余裕もない。


ただただ怖い、ただただ恐ろしい。



「うぇっぷ!」



極度の緊張から吐き気を催す、この状況ならば無理もない。


口を抑え、なんとか吐瀉物を吐くまいと努めるも、もう限界だった。



「うぇぇぇ!!!」



勢いよく地面に叩きつけられた内容物は衝撃で跳ね跳び、足元の白を蝕む。



「ーーー!!」


「ーー!ーーー!!」



彼の様子を見た周囲の人物達が一斉に口を開く、吐き出される音はアギトに更なる恐怖と緊張を与えた。


悪寒は増す一方で止まることを知らない、空になった筈の胃袋が無を吐き出そうと動き出す。


苦しい、苦しい、苦しい、助けて、助けて、助けて。


単純な言葉が頭を駆け巡る、思考力も落ち、本能の働くままに体を委ねるしか出来ない。



「ーー!!ーー!!」



何かが動いている、人混みを掻き分ける様にして、アギトに近づく何かがいる。


しかし、頭を抱えながら、口から垂れ流し続けている彼に、それを察知するのは不可能だった。


それに気付いたのは、彼の肩がそれに触れられた瞬間だった。



「ーーー!ーー!」


「へっ!?い、嫌だ!!止めろ!!触んなぁ!!」



頭に何か着けられそうになったのを感じ、必死に抵抗を試みるも数人の男のような者に羽交い締めにされ、動きを封じられる。



「嫌だ!!やめて!!やだやだやだぁぁぁぁ!!!」



顔面は涙でぐしゃぐしゃになり、幼児の様に拒絶を示す。


ひたすらに首を振り、動かせる手首や足で抵抗を訴え、必死の防御を行う。


余りの暴れように一旦は相手の動きも止まったが、意を決した様に表情を堅め、アギトの背後の者に合図を送る。



「うぎゅ!」



別の誰かの仕業だろう、後方から側頭部を抑えられ、首の動きを止められる。


依然羽交い締めの手が緩む事はなく、振りほどくことも出来ない。


万事休す、絶体絶命、もう無理だと、目を瞑り、歯を食い縛る。


何かが頭に着けられた、耳を覆われた感触もある。


宛らヘッドフォンの様な感触だ、この意外性から一瞬だが緊張が解れ、聞こえてきたそれを理解することができた。



「聞いて、敵、違う、落ち着いて」



言葉だ、知っている言葉だ、日本語だ。


片言だったがはっきりと聞き取れた、日本語だ、日本語が聞こえた。


飽きるほど聞いた母国語がこれ程愛しく感じたことが今まであっただろうか、段々と緊張も解れ、全身から力が抜けるのを感じる。


いつの間にか羽交い締めも解かれ、床に座り込んでいる状態になっていた。



「だ、誰!?誰の声!?」



迷子が親を探すように声を荒げ、周囲を見渡すが、どれも同じ顔が並んでいる、形容が難しいが、少なくとも日本人ではない顔が。



「ここ、いる、ここ」



そう言いながら人混みから出てきたのは、ヘッドセットの様なものを着けた女性だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る